ダークソウル2(DARK SOULS2)、目の前の人々という幻、自分という偽り
おはようございます、こんにちは、こんばんは。今日は前回書いた記事の続きとなっております。
相変わらず個人的解釈の嵐ですので、お読みいただく際はご了承ください。
よろしくお願いいたします。
はい、前回の続きということで始めさせていただくのですが、前回の記事の結論として、
「主人公たちはもともと巨人だった」
と書かせていただきました。
主人公は元々巨人であり、ゲーム中の主人公は「偽り」です。ですがその事に気付いておらず、作中サイズの人間として生きてきた(偽りの)記憶というか、思い込み、幻想の中に生きています。そして呪い(?)によって(偽りの)記憶が消えていくことに抗おうとしています。
そんな主人公はどこから来たのか、という疑問もあるかもしれませんが、(個人的)結論から言うと主人公はどこかから来たわけではありません。主人公の始まりはまさに、ゲーム開始時点にいるあの場所です。
オープニングでは消えていく記憶や、「呪いを解きたいならあそこへ行け」と言われその言葉に従い旅をして、水の穴の中に飛び込んだ過去の行動が描写されています。それらが全て偽りであるということです。主人公は、少なくともプレイヤーが操作する主人公は、それの記憶の内容を一切経験していません。
さてその場合、主人公の記憶に関するとある疑問も出てきます。
「主人公の記憶には元となるオリジナルがいるのか」
主人公の記憶、人格を作るにあたって、その元となるオリジナルの人間がいるのか、いないのか。いる場合、生きているのか、死んでいるのか。また、ドラングレイグを訪れているのかいないのか。これに関しては確かめようがありません。
さて、こうなると主人公以外の人たちはどうなのか、という問題も出てきます。これに関しましても、登場する大部分の人物たちが主人公と同じであると考えます。
「何でこんなところに来てしまったのか」
「気がついたらいつの間にか来ていた」
このようなセリフを言う人たちもいれば、確固たる目的を持ってここに来たと言う人もいます。いろんな人がいますが、登場人物の中でも印象深い人について少々書かせていただきます。
主人公と同じく呪いをときに来た(という記憶がある)人物であり、主人公と共闘する機会も多く、何よりもその会話の内容が興味深い女性。
ミラのルカティエルさんです。

この方のセリフはアン・ディールのセリフと同様、ダークソウル2における重要なテーマとなっております。アン・ディールは主人公たちは偽りの生を生きており、またその偽りを慈しみ、偽りの安寧を得ていると語ります。一方、ルカティエルさんは「記憶がなくなるのが恐ろしい」と語り、その記憶がなくなることが防げるのなら主人公を殺すことすら厭わないだろう、とすら言い切ります。イベントの進め方次第では、自分の生きた証を残すため主人公に自分の持ち物を託します。ルカティエルさんのイベントは、まさにアン・ディールが語る「偽りの生を慈しみ、安寧を得ている」生き方とはどういうものかを示す内容となっており、その偽りの安寧を必死に守ろうとするヒトの様子を描写しています。
過去の記憶、兄の存在、主人公に託したモノ。少しでも「自分」を残したいと足掻く人間の有り様が美しいキャラであり、ダークソウル(DARK SOULS)シリーズにおける重要なテーマを体現する存在です。この有り様こそがダークソウル(DARK SOULS)シリーズ における「ニンゲン」そのものであり、まさに「呪い」です。呪いによって失っていくのではなく、「失うかもしれない」「失いたくない」という恐怖、偽りの生、偽りの記憶、偽りの自分にどこまでも執着するその有り様こそが本作における「呪い」の正体です。

人々の間で微妙な認識の差異や矛盾があったりしますが、これは結局、記憶が偽りのものであること、各々の「自分」という存在がそもそも偽り、「嘘」であるからです。
ソウルを求めて、すなわち「魂」「心」等を求めて、多くのニンゲンが奮闘し、陥れ、欺き、嘆く。心を失いたくないと言いながら、今ある心をすり減らし、自分の魂を守りたいと言いながら自分の魂も他人の魂も省みず平然と奪っていく。
そんなニンゲンの有り様を丁寧に深く直接的に描写しているのが、ダークソウル2(DARK SOULS2)です。


という所で、今回はここまでとさせていただきます。
ありがとうございました。失礼いたします。