人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

ダークソウル2(DARK SOULS2)巨人の記憶から見る、アン・ディールの探求「原罪」

 どうもこんにちは、こんばんは、おはようございます。

 記事書くの久しぶりですが、張り切っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

 個人的解釈の嵐(というか個人解釈オンリー)ですので、ご了承のうえ、お読みください。

※「朽ちた巨人の森」を「巨人の木の森」とか書いてますが、気にしないでください。

 ダークソウル2(DARK SOULS2)には「~の記憶」という場所がいくつかあります。

 巨人ロー、ワムダ、オジェイの記憶。そして、鉄の古王の記憶。他にもありますが、けっこうありますね。

 で、この記憶の世界ですが、よくよく考えてみるとおかしいことに気づきます。

 誰の記憶か、はちゃんと表示されます。では、主人公のその世界における立ち位置ってなんでしょうか?

 記憶の中では人と話すこともできますが、その中の一人、巨人の記憶にいるドラモンドさんと話すと、「自分はこの記憶の中にいきなりわいた異邦人なんだな」と感じます。

 それは当然で、この記憶の世界に本来主人公は存在していないはずです。その中にいきなり現れれば、そのような反応をされるのも当然と考えますよね。

 しかし、ここは記憶の世界です。誰かの記憶によって形成されています。その誰かは、巨人、古王、竜と色々ですが、「~の記憶」とある以上、特定の誰かの記憶によるものであるはです。

 つまり、主人公は主人公として記憶の中に突如現れた異邦人としてあるのではなく、記憶の主の追体験をしている状態であると考えることもできます。

 主人公は記憶の主の記憶をなぞっているだけであり、記憶の中の誰かとの会話も、主人公でなく記憶の主ともともと会話していたという考え方です。

 この辺りで「待て、それはありえん」と思ったと思われます。当然ですね。巨人の記憶の中で巨人の記憶の追体験をしているのなら、それこそドラモンドさんと会話など発生するはずがない、と考えるでしょう。また、巨人が入り込まない狭い場所に入っていったり、巨人に攻撃されるはずもない、と。

 まさに、巨人の記憶でありながら、巨人が入れない場所の記憶がある、というのが矛盾なんです。壊して入れるようにしたのなら、壊れた状態の場所が記憶にあるはずです。

 では、これは巨人の記憶ではないのか。巨人ロー、ワムダ、オジェイの記憶という表記はいったい何か、という問題が出てきます。

 個人的な解釈ですが、ダークソウルをはじめとするフロムゲーテキストの基本は、「嘘ではないけど真実でもない」だと考えております。

 巨人の記憶であることに嘘はない、けど何かが真実ではない。であれば、どう考えるべきか。

 そもそも、巨人とはなにか? プレイヤーが巨人と認識している存在は本当に巨人なのか? 巨人ロー、ワムダ、オジェイという存在と、記憶の中で兵士たちと戦っている存在は同じ巨人なのか?

 ここでまた、個人的解釈の話をさせていただきますが、前提として重要なことがあります。アン・ディールという人物(?)の言葉です。

「お前たちは自分達の本当の姿を忘れている」

DARK SOULS2_アン・ディール

 何度か現れては主人公を思いっきり吹っ飛ばす上謝りもしない彼(?)ですが、現れる度にダークソウル2において、というかダークソウルシリーズ全体において重要なことを話してくれています。

 原罪の探求者とありますが、原罪の解釈のひとつに、「本来の自分の在り方を忘れている」というものがあります。とりあえず今回はこれをもとに考えさせていただきますが、この場合アン・ディールは「真の自分達の姿、在り方」を探求していた、と考えることができます。ゲーム内のアン・ディールが木のような姿をしているのは、その結果と思われます。

 話が変わりますが、巨人(作中で巨人と呼ばれている存在)が居た場所は何処でしょうか? 巨人の記憶に入ることができる巨人の木がある「巨人の木の森」ではないでしょうか。

 もうお分かりかと思われますが、巨人は木となり、アン・ディールも木となっていました。アン・ディールが原罪を探求した結果が、「木の体を得る」です。

 しかし問題は、アン・ディールは「自分は失敗した」とも語っていることです。単純に「人はもともと木、植物だった」は答えではないということになります。その先があります。

 巨人は木になりました。アン・ディールが一度たどり着いた答えである「自分達は木だった」は間違いでした。

 結論(個人的解釈ですが)は、「主人公たちはもともと巨人だった」です。

 「主人公たちはもともと巨人だった」はダークソウルシリーズ全体における結論として、これからは書かせていただきます。

 さて、「いや、意味わからん」という意見が出てくるかと思われますが、この場合、巨人の記憶の矛盾の説明がつきます。巨人の記憶内に巨人が入れない場所が存在する、人と話した記憶がある、これらは巨人が主人公たちと同じサイズだったから出来たことだということです。

 また、作中の「岩のような巨人」に攻撃される、に関しては、「そもそも巨人ロー、ワムダ、オジェイは記憶の中で暴れている巨人とは仲間ではない」と考えます。というのも、「岩のような巨人は、実際は巨人ではなく、ゴーレムである」からです。これも個人的解釈なので軽めに考えてくださいね。

 なぜ巨人ロー、ワムダ、オジェイと「岩のような巨人」が別の存在と考えたかというと、単純に見た目です。木になっている巨人は肩のあたりがゴツくないのですが、記憶内で暴れている巨人は肩がゴツく、木というより岩っぽい感じが個人的にするからです。つまり個人解釈だけで語っていることになるため、気になる人はものすごく気になるでしょう。その事は申し訳ありませんが、ご了承ください。

 また、「黒渓谷にいる巨人はどう説明するんだ? あれもまた巨人では入れない場所にいるじゃないか。」とお考えの方がいるかと思われますが、あれは捨てられた鍵の番人として、彼らを作った何者かが意図的に置いていったのではと考えます。捨てられた鍵で入れる場所が本当に入ってほしくなさそうだったので、かなり念入りに鍵を守らせる必要があったのだと思われます。

 「つまり巨人ゴーレムを作った者は、捨てられた鍵の扉の向こうに物を隠した者と同一人物、あるいは組織ということか?」とお考えのあなた、私個人としてはそう考えております。この事については今回は置いておきましょう。

 読んでいる方のツッコミとしては「巨人の記憶の中でウーゴのバンホルトさんと話ができるじゃないか。彼とのことはどうするんだ」というものもあると思われますが、そもそも何故、記憶の中に入れているのかという問題が発生します。ドラモンドさんはもともと記憶内にいた人ですが、バンホルトさんは違うのか。王城ドラングレイグで話した際東の国から来たことを話してくれますが、記憶の中でも話してくれます。自国を誇りに思っているのでしょうが、記憶で聞ける東の国の話が、個人的に違和感があるんですよね。同じ名前で見た目ですが、記憶内の人はあくまでも記憶の人であり、巨人が人間の姿だった頃、主人公と同じように共闘経験があっただけの可能性もあります。(とかとりあえず書いときます)

 また、巨人オジェイの記憶における巨人の王に関してですが、「岩のような巨人」には結構よく効いていた闇術が効果が低めだったり、見た目がどちらかというと細めで肩がゴツくなかったりで、やっぱり別種かもしれません。共闘しているように見えはしますが、利害が一致しているのか、同じ巨人と思わせるために「岩のような巨人」のほうが味方のような動きをするよう命じられているのか、巨人の王もなにか勘違いしているのか、色々と考えられます。(HPバーに巨人の王と書いてはいますが、ダークソウルシリーズのあの名前表記、あんまり信用ならないところがあるんですよね。)この時点で人間サイズなら巨人オジェイも巨人の記憶おそらくないでしょうし、巨人の王もわからないでしょうし。

 ともあれ、今回の結論は「主人公達はもともと巨人だった。しかし、巨人としての体と記憶を失い、作中における人間サイズの存在として、仮初の体と記憶を得た」です。

 アン・ディールは「人は皆偽りの生の中にある」「作られた偽りの生」とか語っておりますので、作中の主人公の体も、オープニング時に溶けるように消えていく記憶も、最初から偽りということになります。また、作られたとある以上、自然にそうなったのではなく、何者かによって意図的にそうされたのではないかと考えられます。

 作中における重要事項を説明してくれるアン・ディールですが、言葉とその在り様から真相や真実にはたどり着けていない状態であるため、どこまで信用していいのかは謎ではあります。とはいえ、おそらくゲーム内において最も「それ」に近い人物でもあるのだとは思われます。他に真相を知る者がいても、主人公にそれを語ってくれることはなさそうです。(ストレイドさんとか結構知ってそうな気もするんですが、仮にそうだとして話してくれる人では決してないでしょうし)

 はい、というわけで、今回はこれで失礼させていただきます。

 ありがとうございました。

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