人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

2019年へ向けて、今後必要となると思うこと

 こんばんわ。

 もう2018年も終わります。

 いろんな方が「振り返り」の記事を書いておられますが、私は「これから先必要ではないか」と思うことをちょっとだけ書いてみようと思います。

 

  今年はいろんなことがありました。そんな中で実感したのは、

「自分自身の工夫、主体性」

「自律的な思考、学習」

 が、今後より一層重要になっていくのだろうな、ということです。

 

 俗にいう「IT技術」などというモノに対して疎い私ですら「AI」「RPA」などという言葉が耳に入ってくる状況です。

 拒否反応を示す人も多いように感じます。しかし、「仕事の一簡略化」を目指す動き自体は止められるものではないでしょう。

 かつて、パソコンが次々と導入されていったように。

 

 パソコンが導入された時、今までの作業がより簡単に、早く、正確にできることが期待されました。

 さらには、人件費も抑える効果もあると考えられました。

 実際どうであったか、はここでは問題にしません。

 この時に起こったことは、何だったでしょうか? 諸手をあげて喜んだ人たちばかりではなかったでしょう。

 「自分の首を切られる!」というモノのほかに、「今までのやり方と全く変わっちまうじゃないか! イヤだ!」という感情が沸き起こったはずです。

 

 かつて、こんな話を聞きました。

 今ではExcelが主流ですが、かつては違うソフトを使っていた会社の話です。その会社の社長は、

「これからはExcelだ! 今使用しているソフトからExcelに変更するように!」

 と、今までのやり方をまったく変えるように命じたそうです。

 しかし、その会社の社員の方々は、誰一人としてExcelに変更しなかったそうです。

 使い慣れているものが変わるのがイヤだったようです。

 そしてある日、パソコンを開くと、今まで使っていたソフトは消え、Excelがインストールされていたのだとか。

「放っておくと、いつまでもやらないからな」

 社長がなさったそうです。

 

 さて、この社長さんですが、皆さんどう思われますか?

「ひどい! 一方的過ぎる! あんまりだ!」

「なるほど。世の流れを上手く読んだな。やり手じゃないか」

 さて、どちらでしょうか? どちらがいいとも言えませんね。

 ただ一つ言えるのは、その後Excel・WordなどのMicrosoft製品が世界を席巻した状況になった、ということです。

 一方的で話し合いの場も設けてくれなかった社長さんはひどい人かもしれません。

 でも、「このままではマズイ!」と焦燥感に駆られての行動かもしれません。

 なんにせよ、現実に起きていることに対する対応をしなければならない、ということは事実なのです。

 

 さて、今後「作業の自動化」が加速していく状況になるのだろうな、ということは私にもわかります。

 しかし、「作業の自動化」に対応するのは、すべての人ができることでしょうか?

 今までそれなりに手間がかかっていたことがすぐにできるようになるのだから、大変なわけがない?

 それは、パソコンが大々的に導入される流れになった時にも言われていたりはしませんでした?

 それまで使っていなかったパソコンに慣れるのに時間がかかっただけで、パソコン作業の延長、いや簡略化だから問題ない?

 

 これから先、使うソフトが変わらないと分かりますか?

 Excelだってバージョンアップしていっています。使用感も変わっています。

 すると、自動化したことが通用しない可能性は?

 新たな事業を起こす際に、今までとは違うソフトを使う可能性は?

 そうでなくとも、同じような内容のものがあったとして、比べた場合に別のモノの方が機能が良かったり、安かったりしたら?

 すると使い方が全く変わるかもしれませんよ?

 やり方を変えたくないからと、他の人が使っていないものを使い続けることはできないのです。

 Microsoftがいつまでも盤石であるか、という問題もあります。

「これだけ世界的に使われているのに、なくなるわけないだろ」

 だと、いいのですが。

 まったく違ったアプローチで攻めてきて、いつの間にか攻守逆転、というのはあり得ないでしょうか?

 

 さらに言うと「作業の自動化」は文字通り「作業」の自動化であって、「仕事」そのものは自分で進めないといけないわけですね。

 作業の前提となるデータが間違っていないか、期限までにきちんと必要なものをそろえられるか、会社内での意思疎通に問題はないか、他色々。

 例えば、仕事が簡略化されるほどに、「忙しいから」という言葉自体が受け付けてもらえなくなる可能性もあります。

「忙しいわけないだろ。自動化したじゃないか。もう終わってるんだろ?」

 実際に「自動化」による恩恵とは違う部分で仕事が遅れていても、「自動化したから」という言葉によって受け入れてもらえなくなるかもしれません。

 すると、こう考える人が出てくるかもしれません。

「AIなんて、RPAなんて、しなければよかった。前よりツライ」

 おそらく、パソコンを一斉導入した際にも、

「パソコンなんてイヤだ。もうこれを使いたくない!」

 という怨嗟の声が渦巻いていたのではないでしょうか?

 というか、今現在でも「俺パソコンなんか使わないし」という人も実際いらっしゃいます。

 

 こういった時にどうするか? ということを「自分で」考えなくてはならないのでしょう。

 パソコン一斉導入、ソフトがある日まったく別のものに、などという事態になった際、「自分が」どうするか、ということが問われたはずです。

 そこで、「やったるわい!」となった人と「イヤだ~! 元に戻して!」となっていた人とでは、かなりの違いが出たことでしょう。

 

 2019年は、またそういったことが起こる、加速する年になるかもしれません。

 この先どうするか、が問われる年となるのでは? と考えます。

 

 というところで、今年はこのくらいで。

 お疲れ様でした~。よいお年をお迎えください。

 

 ※以前の記事。よろしければ~。

 

zaturon.hatenablog.jp

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