人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

現代は「ハイスピード・イズ・ジャスティス」の時代ですね~

 いらっしゃい~。

 というわけで、タイトルにある通りの内容を書いていきたいと思います。

「最近のスピードにはついていけん」というグチにしかならないかもしれませんけど。

 

  近年、ビジネス書がそれはもう大いに売れる時代です。

 私もオーディオブックでたくさん聞かせていただいております。

 「タイムハック」だの「隙間時間の有効活用」だの、いろいろ書かれていますね。

 ようするに「ムダな時間を過ごすな」ということなんです。

 私自身、オーディオブックを家事をやっているときなどに2倍、3倍で聞いたりしています。

 しかし、そうしている時の合間に考えるのです。

「ボーっと考える時間が減ったな」と。

 

 「タイム・イズ・マネー」「タイム・イズ・ライフ」といった言葉が本の中で飛び交います。

 時間は大事だよ、ということです。

 無論わかります。

 Twitterを見ていても、いかに一日の時間をムダなく有意義に使うか、ということに注力するものをよく見かけます。

 その徹底ぶりに圧倒されることもよくあります。

 そして、その時思ったんです。

 

 人間は、いつから、「時間」の奴隷になったのだ?

 

 ぽへ~、としている時間がムダ、という論説ごもっともです。

 しかし、実はそういう時間に私は何かを思いつくことも多かったりします。

 哲学の道じゃありませんが、大学時代に長~い階段をえっちらおっちら上りながら歩いているときに、はっと前触れもなく変な考えが思い浮かんだりする。

 テキトーにフロアシートで廊下掃除をしているときに、今回の記事のことを思いついたりとか。

 

「いや、タイトルは「ハイスピード・イズ・ジャスティス」だろ?

 でも、書いてある内容が「時間」じゃないか?」

 違うんじゃないか? と思われるかもしれませんが、案外そうでもないですよ。

 時間の有効活用というのが、ようするに「ハイスピード・イズ・ジャスティス」的である、という風にも思えるんですよ。

 時代の流れが速すぎると考える人もいましたね。でも、速すぎるからもういいや、と考えているとますます置いていかれて、「もうイヤだ!」にもなる。

 だからと言ってゆっくりやっているわけにもいかない。

 私自身、「早くしろ!」と思う時も多々ありますし。

 「連絡が遅い!」と考えるのもまあ、それです。ほかの仕事は待ってくれない、その仕事には期限がある。

 ダラダラやっていたら結局何も終わらないし、始めることすらできない。

 

 しかし、単純に早く正確に、だけではもう駄目な世の中にはなっていますよね。

 「タイムハック」という言葉がそれ。ちょっとした時間もムダにしない。いかに速く仕事を回すか。

 そして、それができるから成功できる、ということもあるわけです。

 しかし、Twitterを見ていると、そうやってグングン回している人がいる一方、私のように下手に回しまくると「ぷすん!」と切れてしまう人もいる。

 となると、休憩をいれないといけなくなるわけです。それに対して「罪悪感」が出てくるようじゃだめだろう、という気もします。

 まあ、「休むときは休む! それの何が悪い!」と私は開き直ってますけど。

 死にたくないので。

 

 まあ、以前の仕事に関して「早くしろ!」と言いまくっていたこと自体は、正直反省する必要もないと考えています。

 なぜそう言っていたか、というと、それが最終的に互いのためであると、今も昔も確信しているからです。

 問題点は、言い方が乱暴すぎたこと、あまりにもひどい言い草になってしまったこと、でしょうかね。自分のイライラを相手にぶつけ過ぎました。

 あと、私だけでなく相手側もですが、「相手の時間をムダに使わせてしまっている」という意識の欠如の問題かな。

 うん、私もまあ、たいがいな人間ってことです。

 ご存知でしょうけど。

 

 ちなみに、なるべく早く連絡することは「相手に対する礼儀・思いやり」という風に書いてある本もたくさんありました。

 ふむ、これは納得できる。

 この場合「ハイスピード・イズ・ジャスティス」というよりは、相手の立場に立って考える「サービス精神」と考えることができます。

 え? 単純に上にある「礼儀・思いやり」のままでいいだろって?

 ま、ちょっと言い換えたい気分ってことです。

 

 なるべく早く仕事を回す、自分自身の時間を有効に活用する。

 こういう考え方がないといけないのは、これらを意識しないと「自分のための時間」をとることができないから、でもありますよね。

 技術が発達すればするほど、文明が進歩すればするほど、人間はそれらに「時間」を奪われているようにも思えます。

 最近のサラリーマンは勉強する時間も取れない、ともいわれています。

 それに対して、「それは工夫が足りないからだ!」という声もある。実際、工夫して学びまくって高みに上っていく人もいらっしゃるわけです。

 できれば私もそこに行きたいので、自分に出来る範囲で努力します。

 しかし、毎日このスピード感でやってたら死ぬわ、と悟る瞬間もあったりしました。

 できる人とできない人の差は明確に出ますね。非常に残念。

 

 しかし、文明の利器を使用すればある程度は何とかなる時もある。

 私の場合はExcelにやってもらうようにする。自分の手間を省くようにして、時間と体力を確保するように努める、でしたね。

 しかし、それも難しい人にはむつかしいわけです。それはそれで何とかする技術や知恵も頑張ってだして、また違う方面で努力する人がいらっしゃいます。

 そうやってそれぞれが自分の時間をひねり出し、より多くの仕事をこなしたり、勉強したり、余暇を多くとれるようにしたりする。

 「ハイスピード・イズ・ジャスティス」の世界では、努力しなければ「時間」は得られず、速さに置いていかれることは「自己の時間の消失」を意味するわけです。

 私も頑張っていますが、根本的にトロい人間なので、早起きしてもなかなか思い通りにいかない。

 いや、むしろ体の方が「しぬ! 死にたくない!」といって、スピード制限してる可能性が大ですが。

 

 「ハイスピード・イズ・ジャスティス」の世の中では、ポケッと何もしないでダラダラしていることは罪であるかのようになっています。

 私、トロい上に基本ダラけた人間性なので、仕事以外の時は「ノロ~ン」としていたい。

 でもそれをやっているとたちまち堕ちていく。

 ま、あせり過ぎたら死ぬので、堕ちないように気を付けつつも、死なないようにすることも大事です。

 

 恐らくもう、のんびりライフを謳歌するために類まれな努力を要される世界なのだろう、ということは意識しておく必要があると思います。

 矛盾しているようにしか思えないですけどね。

 

 では、ありがとうございました~。