人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

そもそも「業務の効率化」ってなんぞや? AIやRPAに関するツイートをして思ったこと

 こんばんわ。

 Twitterで思ったままに呟いたら、ガチプログラミングをしていらっしゃる方にフォローをいただき、内心ビビっております。

 しかしそれを機に、ちょっとした考えも浮かびました。

 ありがとうございます。

 

  まず、フォローをしていただいたきっかけの可能性のある私のツイートです。

 

 これ自体は、以前からずっと考えていたことです。

 以前の会社で、RPAについての説明があった時、

「今現在のやり方でRPAをやってもダメじゃないか?」

 と考えたのです。

 機械の力を借りるなら、フル活用したい。そのためには、事前準備が必要不可欠。

 

 人間は単純な計算違いを起こしがちですが、機械はその可能性はかなり低いです。

 私自身、「結果的に機械に任せた方が間違いが少なくてラク」という考えのもと、Excelの関数やVBAをガンバったこともあります。

 しかし、「そもそもこの作業やらなくていいんじゃね?」というものがあった場合、その作業自体が無駄なので、ばっさり切り捨てるという必要性が出てくるかもしれません。

 

 とりあえず、「効率」の意味について、「Weblio」辞書さんから載せてみます。

① 機械作業などをする際に、その仕事量とそれを行うのに要したエネルギー量との比。 「熱-」

② (費やした労力対する)仕事はかどりぐあい。仕事能率。 「 -のよい作業方法
 

 ついでに、「能率」についても載せておきます。

 一定の時間内にすることのできる仕事割合仕事はかどり具合効率。 「仕事の-を上げる」 「 -よく働く」

  はい、ありがとうございました。

 

 「業務の効率化」というのは、現在行っている仕事にかけている労力と、その仕事の成果の比例具合を表している、という解釈でいいのでしょうか?

 しかし、仕事って自分一人だけで完結するものではないですよね?

 作業自体は自分一人で事足りても、必ず自分以外の人が関係してくる。それが「仕事」。

 そう考えると、「業務の効率化」というのは「自分のかかわっている事柄全て」から見てみる必要がある、かもしれませんね。

 自分一人だけで考えた場合、Aというやり方でやった方が早いかもしれませんが、部署全体で考えたらBかもしれないし、会社全体で考えたらCということもありうるかもしれません。

 もっと考えを広げてみると、提携先とかも関係してきそうですが、そのあたりになると別の話になってきそうなので置いておきましょう。経営判断とかの話になる場合もあるでしょうし。

 

 そうなってくると、必ずしも「業務の効率化」というのが、「AI・RPA」等を用いた「自動化」のみに焦点を絞ることにはならないはずですよね。

 もとから、社員同士の連絡のしやすさを重視している企業や、いかにそれぞれの業務内容を把握し改善していくか、という視点を持って取り組んでいる会社もたくさんあります。

 このような「意識的改善」は人間が行う作業です。機械ができるようになる可能性もありますが、人間自身が「責任」を持って「自発的」に行わなければ、どのような作業を行っても意味がないのだと思います。

 そのためには、各々がどのように仕事をすべきかという意識を常に持ち、かつ自分のかかわる仕事範囲、そして直接かかわらなくても関係する状況を考えながら行う必要性が出てきます。

 あたりまえのことですが、これが案外難しいのだと、以前の職場で痛感しています。

 

 例えば「連絡が悪い」という状況があったとします。

 会議の効率化のためのアプリ、メッセージアプリなどは世の中にたくさんあります。

 しかし、「連絡が悪い」状況を解決するためにそれらのアプリを使ったとして、状況が改善しないということはあり得ます。

 なぜか? というと、そもそも「今の状況が悪いと思っていない」という場合があるからですね。

 

 いかに優秀な方々が便利なものを作り出しても、それを活用する側の意識によっては無意味になります。

 以前の会社全体で使っていたグループウェアは、使い勝手はよく、便利なものでした。しかし、情報共有や連絡はあまり良くなかったかもしれません。

 あらたな「グループウェア」を導入し、もともと使っていたものをやめる動きがありましたが、「ツール」を変えても恐らく意味はないと思います。

 なぜなら、「ツール」の問題ではないからですね。

 

 「精神論」「根性論」と感じる方がおられるかもしれませんが、そういうわけではないです。

 ただ、「ツール」というのは「使おう」という意識がなければそもそも使えないものであるということです。

 AIやRPAも、結局は「ツール」の一つでしかないといえます。

 これによって少しでも手間が減れば、大いに助かるとは思います。煩わしい細かい作業から解放されるだけで、開放感が生まれるかもしれません。

 しかし、それはすぐに「当たり前」の状況となるでしょう。「あの作業がなくなってラクになった!」という感情はすぐになくなり、結局今行っている作業自体がまた煩わしくなる。

 人間は慣れる生き物です。よい状況にも悪い状況にもすぐに慣れます。

 いくら細かい作業自体がなくなっても、「仕事」自体はなくならない。

 出張の申請時、手間がかかる細かい作業がなくなっても、申請作業自体はなくならないわけです。

 また、その出張が本当に必要なのか、という判断は自分や上司、部署、現在の会社の状況などから判断する必要があり、それは自動化できません。

 

 場合によっては、「煩わしい作業」がなくなったことにより、本来する必要ない業務をすることに対する心理的抵抗がなくなる可能性もあります。

 むろん、行わなければならなかった作業を後回しにしてしまっていたことが、RPA活用などによって心理的抵抗がなくなり、スムーズに行えるようになる、ということもあり得ます。結果的に当初想定していた場合よりも劇的な改善になるかもしれません。

 

 結局、最終的には「やってやるぞ!」という意識そのものが重要ということではないでしょうか?

 そして、それは誰か一人が、あるいはつながりのない個々人だけが持っていても意味がないわけです。

 だからビジネス書などで「マネジメント論」「リーダーシップ論」「組織論」などが多くあるのでしょう。また、組織的改善に定評のある「コンサルティング」の会社なども活躍しているようです。

 

 AIやRPAなどは確かに便利ですが、下手をするとせっかく「効率化」しようと思っていたのが、逆方向に向かう可能性もありうるわけです。

 こういった「ツール」を導入する際には、慎重に考えなくてはならないですね。

 以前にこういった記事も書いていますので、もし興味がおありでしたらぜひどうぞ。
zaturon.hatenablog.jp

 

 というわけで、今回はこれくらいで~。

 お疲れ様でした~。