人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

ふと思い出した哲学の話、「死」について

 こんばんわ。

 大学時代、受けていた哲学の授業について何故か思い出しました。

 

 先生は「医大生たちは、哲学は自分たちには関係ないと思っている」といって嘆いていらっしゃいました。

 

  哲学の授業なので普段考えないような内容の話をよく聞けましたが、かつて医大にいらっしゃったようで、上記のようなことも言っておられました。

正直、上の言葉には「ええ?」と思わざるをえない。いやだって、「医学」にかかわる人にこそ、「哲学」は重要じゃないのか? と考えてしまうんですよね。

 

 他にも、「死」とはどのような状態であるか、ということについても面白い話が聞けました。

 「哲学者」である先生と、細胞などの研究をなさっておられる方などの場合、「死」に対する考え、というか、「学問的な姿勢」が全く違ったようなのですよね。

 なんの学問かは忘れましたが、はたから見て明らかに「人間として」の生命活動をしているとは言えない状態のものがあったとします。例えば、「腕だけ」とか。

 そこに刺激を与えて何らかの反応があった場合、それはその学問的には「生きている」と「言わなけらばならない」らしいです。

 先生はその方から「こういった状態の場合、生きていると言わなければならないんです」と相談を受けたそうです。

「これを生きていると言っていいのか?」

 そりゃ、「ヒトとして」悩みますよね。そんなのが「生きている」と言われても、私なら納得できませんし。

「いや、学問的にこれは生きているんだ」

 そう主張するのはある意味簡単なのかもしれませんが、「学問的に」「生きている」って、そもそもなんやねん?

 このあたりが非常に難しい問題。「生きている」とは、なんぞや?

 

 「哲学者」として日々研究なさっている先生にその相談をなさったのはよく理解出来ますよね。現代でも「脳死」とか「心肺停止」とかの時の扱いどうすんねん? という問題やら、「尊厳死」という問題まで、色々と「終わらない」議論がありますよね。

 どう対応するか、どう扱うか、自体が決まっているとしても、「その先」の「葛藤」に対して、答えなんて誰もくれませんからね。

 そういった問題に対して、「答え」、ではなく、それらについての問題に真っ向から向き合う「姿勢」を提供してくれるのが「哲学」なのではないかと考えます。

 「哲学」とは「考える」ということそのものだ、と先生もおっしゃっていた気がします。

 だからこそ、「医大生が哲学は自分たちには関係ないと思っている」ということに対して、無念そうに話していらしたのでしょうね。こういったことに真っ向から、何度も向き合う可能性がかなり高い人達ですからね。

 

 「哲学」をもっと中心に据えて、多くの人が学べるようにしてほしい、といったこともおっしゃっていましたが、結構難しい話だと思います。

 私は多分、結構興味ある方だと思いますが、基本的にとっつきにくいというか、わけわからんものというか、難しいものだからイヤだとか、そんな感じになりがちだし。

 「哲学」を中心に据えた学び、どういったものでしょうか? 己自身でもっと「考える」ということを中心に据えるということ?

 そういえば、「クラスで豚を育てて食べる」という話があって、「食べるか否か」の議論を学生たちにさせていたと思いますが、あれもそうですかね?

 物事を自分たちで考えることを中心にした学びって、やっぱり難しいなー。私が高校高くらいの時に、自分で調べたことを発表するっていうのがありましたが、うまくできたためしがなかったです。まったくやる気なくて。

 一言でいうと、「メンドークセー!」でしたから。

 あと付け加えると、「結局何をどうしろと?」でもあったと思います。

 いきなり「自分で調べて発表しなさい」って言われても、そのための準備的な内容の学習まったくしてなかったと思いますが? できるわけねーだろ。

 

 まあともあれ、哲学の先生が考えていらっしゃることは、私のような人間だとかなり高度で、医大生のような人たちからすれば「無意味」なものにしか感じられないという問題点があるのでしょうね。

 でも、ふと考えると、やっぱり大事なのだろうなと感じます。

 そういえば親から、「お前が死んだときに自分の心臓とか人に提供するのは構わないが、目は頼むから残してくれ」と言われましたね。これも「死」に対する姿勢の表れですね。その人自身の「顔」だけは残してほしいという。

 正直私自身は「死んだ時点で終わるんだから、死体は好きにしてください」なんですけどね。あくまでも私自身に関してだけですけど。他の人が「いやです」というのをとがめる気も止める気もありません。だってその人自身の「考え」だから。

 ヒトの「死生観」に口出しするのは憚られます。でもこの個人個人の「死生観」も結構問題になっているんでしたっけ? 医療現場も対応に困ることがあるとかないとか。

 

 やっぱり必要ですね「哲学」。

 と、昔を思い出し、ちょっと考えたところで終わっておきましょう。

 おやすみなさ~い。