人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

「親の粘着質な愛」という言葉を見て、「ああ~」と思ってしまいました。

 こんばんわ。

 台風による雨漏り及び施設老朽化による水漏れからの引っ越しにより、一時的に実家暮らしする羽目になりましたが、ツブヤイタン(注※Twitter)を見ていてタイトルの言葉を見つけました。

 「わかるわ~」と思いましたよ。

※ド厳しい意見、超注意!

 

  恐らく親は心配していってくれているのだろうとは思いますが、あとから考えると「余計なこと言われた」「要らん世話だった」という話が山のようです。あとからじゃなく言われてその場で思うこともありますが、どうしても実家という環境だとそこに汚染されてしまうのか、「親の言うことは絶対」という以前毛嫌いしていた状態に戻ってしまいます。

 

 恐らく上記の文章で「親に対して何て言い草だ!」と考えた方がいらっしゃると思いますが、「私は私」の意見を持っているわけで、親の意見は参考にはもちろんさせてもらいますが、親の意見そのもので何かを考えたり決めたりするわけではないわけです。

 でも、気が付いたら「親のいいなり」「親の言葉に翻弄されて時間を浪費」という、あってはならない状態に逆戻りしているわけです。たまったもんじゃありません。

「それはお前の意志が弱いからだ」

 そもそも意志の強い弱いとかの問題でもない気もします。

 現在、以前と比べれば非常に良い状態に親はなっているわけですが、それでも根本が変わっていないのだと感じます。

「あなたが余計なことを言うから疲労が積みあがった」

 言葉にしたら恐らく、「そんなつもりはない!」というのだろうと考えてます。以前、実際に言われましたし。

 

 人に相談したら、苦笑いされました。以前の私をよくご存じですので、いろいろ思うことがあるんだと思います。

 一連のことが「粘着質な愛」というものなのだと感じています。確かに、親の方が子離れできていないというか、「子供のために何かしてあげたい!」という気持ちがおかしな方向にいっていることに気づいていないし、気づくのも嫌な状態なのだろうと思います。

 「なんであんたにそれを意見されないといけないんだ」といいたいことだらけですが、そもそも「親」からすると「自分が決めてあげないと」と考えてしまうほどに相手をある種「見下している」状態でもあると思われます。

「ちょっと待て。それはお前が最低だ!」

 お怒りの方もいらっしゃるでしょうけど、「子供」にたいして「自分がやってあげないと」と常に考え、「子供の」意見、行動を無視してあれこれ言うのは結局そういうことでもあるはずです。

 私、一応「一人暮らし」して自分で決めるべきことは決め、やるべきことはやったりやらなかったり、やらないと決めて切り捨てたりしてきました。

 それで損したことも得したこともあります。

 仕事もそれなりにできていたと思いますし、現在転職活動も自分の意志で行っています。

 「親」から「何か」を決めてもらう、考えてもらう必要ありません。自分でできます。

 無論、一時的とはいえ実家に避難したわけで、お世話にはなりました。しかし、それとこれとは別問題でもあります。

 いい加減、「一人の人間」として認めてほしいものです。

「親からすれば子供はいつまでも子供」

 この言葉は、「親」側の甘えのような気がします。

 

 というわけで、今日はこの辺で。

 おやすみなさ~い。