人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

『フラット化する世界』情報の洪水って怖い

 こんばんわ。

 『フラット化する世界』を読んでいるわけですが、記事の内容が「批判」になっているのではとちょっとハラハラしています。「批判」したいわけではないのです。

 

  実際、光ファイバーやら何やらによって、多くの情報に関してのやり取りが過去に比べて明らかにやりやすくなっていますよね。

 私が英語ぺらぺらやったら、英語を話せるどこかの誰かとお話しするのも簡単にできるわけです。

 うん。で、書いていて思ってしまったのが、「どこかの誰か」という情報がある種の「デコボコ」やねってことで。

 結局こうなるのかよ! 私ってこうなのかよ! この不良読者!

 本当に我ながら、という感じですが、そもそもこの本を読み始めたからこそ考えることができるようになった分野でもあるので、感謝しております。

 

 私が書いている「デコボコ」とは、「人間」の「能力」的な部分でもあるわけですよ。

 様々な情報が毎日いくらでも出てきては消えたり加工されていく中で、それらをキャッチする能力をいかに鍛えるかによって今後の人生すら変わってしまうような状況になっています。これは「世界のフラット化」によるものでもあるかもしれません。

 「世界のフラット化」が進めば進むほど、「ヒト」は情報の洪水に溺れるのではないかという気もします。だってフラットだから。遮るものなく流れるから、すべてが一気に沈みさえする。

 ノアの大洪水レベルにすらなった時、どうなるんやろとか思いましたよ。完全にフラットなら、かの箱舟がたどり着けた山だか何だかすらない可能性があるんですよ。

 人間、洪水被害とか、その他水害に備えて堤防だのダムだの造っていますが、あれは意図的に作った「デコボコ」とも言えますね。

 川の流れが激しすぎるのを収めるために、曲がりくねっていた流れをまっすぐにして幅も大きくするということもしていますけど。これは流れを加工したということですね。

「情報と水の流れを一緒にするなよ」

 はい。一緒にするのは違うかもしれませんが、例えとして分かりやすいかなーと思いました。

 

 知らないことに対して「ヒト」は一喜一憂しません。知らないこと分からないことに気を回したりする必要もなく、自分のできる範囲でできることをやっていたい、そう考える人もいらっしゃるでしょう。

 でも、世界が「フラット化」すれば、「知らない」「知りたくない」では通用しない場面も出てきてしまうわけですね。

「お前ネット見てねえのかよ!」

「新聞くらい読めよ」

 ニュース知らないと怒られますし常識ないとか言われます。自分の好きな分野の本ひたすら読む時間が欲しいのに新聞読んでいたらその分の時間が削られるのにー。

 情報仕入れるだけで時間が過ぎていくのですが、これも一種の「情報の洪水」、とまでは言いませんが、「情報の流れに翻弄されている」状態かもしれません。

 ゆっくり過ごさせてほしい気もします。無理ですが。

 

 なんだか精神的に疲れつつ、今日のところはこのあたりで。

 おやすみなさ~い。