人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

男女の区別と差別について 8個目(かなり久しぶり)

 こんばんわ。

 今回、恐ろしく久しぶりのテーマを書かせていただきます。

 久しぶり過ぎますね。

 なんだかふと思いついてことがあったからちょっと書いてみようかと思いました。

 はっきり申し上げて、生々しいうえにかなり毒が込められている内容化と存じます。

 ご注意くださいますようお願いいたします。

 

  男女の「機能差」について、過去の「男女」シリーズで結構書いてきていると思います。

 女性は子供ができたら身動き取れないし、男性は特に不自由なく短時間で子供を作れますよね。

 そして話がいきなり変わりますが、人間の脳みそって、古代から変わっていないらしいです。

 女性は子供ができたら身動きが取れないことと、人間の脳みそははるか古代から全く変わっていないこと。このあたり、男女「意識差」を考えるのに結構重要かもしれないと考えました。

 

 電気もガスも生活インフラ一切なく、身を守れる術は限られており、常に飢えとの戦いであった大昔。その時に子供を産むというのは恐ろしいリスクであるはず。

 そしてそのころから、私たちの脳機能は変わらない。本能はその時から、いやもっと昔からの根源的なところからきているもの。

 

 あくまでも世間一般に言われている気がする話ですが、女性はパートナーの男性を「束縛」する傾向があるとかないとか。

 それに関して、上記のことで説明できる気がします。

 子供を産むときに動けなくなることは、限りなく「死」に近くなることでしょう。自分で食料調達できないなら、代わりに誰かにやってもらう必要があります。

 それが、子供の父親であり自分の相手である男性ということになるのかもしれません。

 古代のことから考えたら、はっきり言って死活問題。そりゃ必死にもなるでしょう、とか書いてみます。

 しかし男性の「機能」から考えた場合、このあたりかみ合わなくなりそうな気もします。

 身動きできますからね、「機能」的に。身動き取れなくなることがなく、数人の女性を相手にもできるわけです。

 子供を作るということが「死活問題」である女性と、特に問題なく自由に動ける男性とでは、本能の部分で恐らくどうしようもない差ができるのではないかと考えました。

 

 現代社会においては昔ほどの危険はないですが、「本能」「脳機能」はそんな事お構いなしです。

「見捨てられたら死ぬ!」

 自分と子供の生命そのものがかかっているのだから、恐ろしいレベルで必死にもなると思います。

 男性はそうではないから、相手に必死にしがみつく女性の心理って理解しがたいところがあるかもしれないですね。どうですかね?

 いえ、全ての方がそうだとは申しておりませんが、一般論的にそう表現されることが多いとは思います。

 ちなみに上記の文章から明らかすぎる「ジェンダー」を感じ取られた方は多いと思います。今までもですが。これから先も続きます。

 私思い込み激しいんです。

 

 そして、男性は男性で自分の「機能」における役割を果たす必要があります。

 ぶっちゃけてしまうと、一人の女性だけを相手にしているよりかは、複数の女性と、の方が確立ははるかに上がります。

 それこそ昔なら今のような「安全」などありえなかったのだから、そのように行動する「本能」はしっかり持っているでしょう。

 また、そのように行動するためには、実は男性は「女性側の産みの苦しみ」などというものに対しては「鈍感」である必要があるのではないかと考えました。

 また、「本能」的な部分から考えると、男性は子供を「作る」ことには全力を恐らくかけるでしょうけど、「育てる」ことに対してはあまり関心を持たない傾向自体はある可能性も考えました。

 たくさんの子供を「作る」ことに力を注ぐ方が、「危険」な環境においては生き残る確立自体は上がりますからね。

 また、女性側の「痛み」「苦しみ」に関して「鈍感」である必要があると考えましたが、それはすぐ上に書いた理由から、そのあたりに頓着しているよりも結局子供を「作る」ことに力を注がざるを得ない状況であったからではないかと思います。

 

 「安全」などない太古の「本能」は人間なら誰しも持っている可能性があります。

 とはいえ現代社会において「結婚」しない方々も増えています。これに関しては様々な「条件」が複雑に絡み合っているので深く書いたりはしませんが、「何がなんでも!」ではなくなってきてはいる可能性は一応あります。あくまでも可能性です。

 とはいえ、根本的な生存戦略にかかわってくることですし、「結婚」という形にとらわれないパートナーとの生活というのもありますよね。

 

 これからどのように生きていくのか、このあたりのことを考えて、「うーん」と思ってしまいました。

 ここに書かれていることはあくまでも「個人的」なものであり、「こうだ!」と言い張りたいものではありません。

 皆様なりの「ジェンダー」を考えてみてくださいね。

 

 では、おやすみなさ~い。