人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

便利ツールとして創られた「時間」

 こんばんわ。

 昨日、このような記事を書かせていただきました。

 

zaturon.hatenablog.jp

  その最後の方で、「時間」は生産性を高める便利ツールとして作られたのかも? と書かせていただきました。それについてちょっと書かせていただこうかなと思います。

 

  人類が「時間」を必要としたのって、「農業」を始めたからではないかな、と考えています。

 狩りで腹を満たすライフスタイルの場合、そこまで厳密な「時間管理」っていらないような気がするんですよ。腹減ったら狩りに行く、寒くなる気配がしたら毛皮の準備、みたいな感じで。

 いやまあ、案外きっちりやっていた可能性もありますが、それはそれでよいとして。

 

 農業って、結構「時間」意識って大事になりますよね。いつ刈り入れだ、いつ種まきだ、いつ水いれて抜いて、などなど、タイミング間違えたら失敗します。

 また、いつぐらいに川が氾濫してしまうとか、雨が少ない時期だとか。そういったことも考慮してあれこれしていく必要があるため、「時間」概念は必須。

 昨今騒がれております「タイムマネジメント」の原点は「農業」の可能性あり?

 

 「計画性」がないとできないことなんですよね、「農業」って。次の年もまたその次の年も、きちんと人々を養えるだけの作物を育てて、かつまたその次にしっかり繋げないといけない。間違えたら飢えます。

 その「計画性」には「時間」概念が不可欠。「時間」あっての「計画」です。「時間」考えないで「計画」なんて立てようがないです。

 逆に言うと、「時間」概念を「創った」ことによって「計画性」を得ることができたのかも?

 

 おっと、こんなところに昔書かせていただきました記事が。

 zaturon.hatenablog.jp

  この記事に「時間」は「思考」するためのツールって書いてあったですわ。

 「言葉」が最初の発明で、「時間」と組み合わせることで「思考」を可能とする。

 「思考」できれば「計画」も立てられますね。つまりはそういうことなのでしょうか。

 

 せっかくの便利ツールですが、もはや私たちは「時間に追われている」状態。

 あるいは「時間」を「創った」その時から、人類は時間に追われることになったのかもしれませんね。

 創ったその瞬間から縛り上げられるなんて。現代でもそれは起こり続けていることですが。

 ツールを作るとそれに縛られ、そして何とかするためにツールを作ってそれに縛られ、を繰り返すのが人類です。

 それこそが「人類の在り方」なのかもしれませんが。

 

 それでは、私そろそろ眠いので失礼しますね。

 おやすみなさ~い。