人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

一日が「72時間」であっても、人は「時間が足りない」と言い続けると思います

 こんばんわ。

 いきなりですが、思いませんか? 「時間が足りない!」って。

 一日がもっと長ければいいのに、どうして一日「24時間」なんだ。時間よ増えろ!

 ということで、ぶっちゃけトークいきましょう!

 

 

 そしていきなりで申し訳ございませんが、一日の時間が増えても、私たちは解放されません。

 時間が増えた分、私たちの仕事は増えます。

 一日を現在の「24時間」の3倍、「72時間」で考えてみましょう。

 なんで2倍の「48時間」じゃないの? 数字増えた方がインパクトある気がしたからです。つまり何となくです。これといった意味はございません。

 

 それで、どういうことが起こるかというとですね。うん。

 会社勤めの方は一日の拘束時間が「8時間」から3倍の「24時間」に増えます。いえ、もっともっと増えます。

 農作業をなさっている方々は、その作業の時間が延びるかもしれません。

 トラック運転手の方は、クルマの中で過ごす時間がひたすらに増え続けることになるでしょう。

 

 そして、現在の時間について考えてみましょう。

 私は会社勤めをさせていただいておりますので、会社勤め一日「8時間」労働を基準に考えたいと思います。

 「24時間」のうち、「8時間」が労働時間です。残り「16時間」となります。

 睡眠時間ですが、お医者様の推奨時間は「7時間」程度でしたっけ? 私はよく行くお医者様に「7時間睡眠絶対!」と言われております。ちなみに私の睡眠時間はもっと短いです。でもとりあえず推奨時間「7時間」を睡眠時間とします。

 「16時間」から睡眠「7時間」を引くと、残り「9時間」。

 おお? 意外にあるように思えます。

 この残りの「9時間」は何ができるでしょうか?

 

 家事の時間、皆様どうでしょうか? お風呂に入る時間はどれくらい? 食事にかける時間はどの程度ですか?

 通勤時間はどの程度かかりますか? 歩いて「5分」ですか? 電車通勤「1~2時間」ですか? 往復ではどうなりますか?

 買い物はしますか? どこに行きますか? レジに並びますか? どの程度のこみ具合ですか?

 副業していますか? 副業の時間はいかほどでしょうか?

 休憩はどの程度取りますか? 何もしない「生産的」な時間をどの程度持てていますか?

 遊びますか? 遊べてますか? どの程度の時間ですか?

 明日への気力はいかほどですか? 睡眠足りてますか? もっと眠りたくありませんか?

 

 時間はいくらでも「使う」ものです。

 私個人的に「時間ってそもそもないよね」と考えていますけれども、時計の針が進むのを見て「時間」だと定義づけているだけだと考えていますけれども、逆に言うと「時計の針は進み続ける」し、「太陽が動いて月が出てきて太陽が出て」の「サイクル」は続くのです。

 すべてが動き続ける。止まらない。

 

 だから私たちは「時間増えろー!」と願ってしまうのです。しかし、時間が増えても仕事が増えるだけなのです。

 朝出社、夕方終業、残業突入深夜帰り。

 一日「72時間」になったところで、この流れは変わらないでしょう。

 一日「24時間営業」? 一日「72時間営業」。

 働く時間が増えるだけでしょう。会社勤めでない職業の方も、農業などの方も、結局今していることが長く続くようになるだけのような気がします。

 誰もかれもが同じ「時間」を生きるなら、結局「今」が続くだけです。 

 結局、現在がベストな気がします。

 

 でも、趣味に全力の方々からすれば、それに注げる時間が増える可能性があるから、やっぱりいいのでしょうか?

 一日「72時間」であるなら私たちはそのように生きるだけで、感覚においては一日「24時間」と何も変わらないだけだと思います。

 ですので、趣味に全力の方々も結局「俺の想いをぶつける時間が足りない!」「私の読書の時間もっと欲しい!」と叫ぶと思います。

 

 「24時間」で生きている人も、「72時間」で生きている人も、結局何も変わらず、お互いを見たら、

「なんだ、何も変わらないじゃん」

 と、ガッカリしそうな気がします。

 「72時間」世界の人から見たら、「24時間」世界の人はめっちゃコンパクトに生きているように見えるかもしれませんけどね。

 むしろ「時間が短縮されても結局こうなのか」って一層落胆するかもしれませんね。

 

 ……「時間」って、便利ツールとして最初は作られたんだろうなって思いました。

 「時間」を「使う」ことによって行動を「管理」できるようになり、「生産性」を高めることができるようになったんだろうな、と。

 今じゃ「時間」を「使う」ではなく「時間」に「使われる」になってしまっている気がします。

 発明品に使われている。でも「時間」は捨てられない。「時間」なしでは生きられないです。

 すべては「時間」を起点に考えられているから。

 学校も会社も趣味も、ライフサイクルも「過去」「現在」「未来」という概念によった行動思考すべて、「時間」があってこそだから。

 ある意味「時間の奴隷」になっていないか? 考えすぎか。

 ともあれ、「時間」は増えないし減りもしないんです、たぶん。

 

 それでは、今日はこれにて失礼します。

 おやすみなさ~い。