人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

自分自身のダメさ加減を考えていると消えたくなってしまうことについて

 こんばんわ。

 ものすごくネガティヴなタイトルで自分自身ドン引きですが、今日あったことについて頭の中がもやもやして心のなかたどろどろなので、ちょっと吐き出したいと思います。

 ネガティヴ過ぎて笑えないし、家庭環境の話とか、ドロドロした内面の話とかが中心です。

 人によってはうつな気分が深まったり、悲しくなったり、そうでなくても気分が悪くなると思います。

 

 仕事で大失敗しました。

 自分の仕事だけが影響を受け、自分の仕事が増えるだけなら大した問題じゃなかったんです。失敗分は自分ひとりで取り戻せばいいだけなら、自分が頑張ればいいから。

 が、頼まれたことをやって、うっかりしたことをしでかし、「やっちまったー!」となってパニックになりました。

 下手したらグループの人全員のアレコレが大変なことにー!

 となり、慌てて上司に報告。

 上司はしきりに、「大丈夫だ」「心配しなくていい」「どうとでもなる」と、パニックになって右往左往する私に対し、怒りもせず落ち着いた声でそう言ってくださったのですが、大パニックな私はそれに対してろくな反応もせず、自分のことばかり考えていました。

 

 どうしてこうなった?

 データのバックアップはとってあったのに、なぜ戻らない?

 失敗した、と判断した時点でバックアップデータを用い、もとに戻そうとして、そのあと、「なんか変だな」となったんです。

 いざという時のためのバックアップが役に立たなくて、焦りまくりました。

 代わってしあったデータとバックアップを見て、どうしてこうなったのかを考えて、色々自分なりに考えて、「もしかして!」と思うことがあったので、自分が原因だと考えたデータを抽出して、「あ、やっぱり」となったんです。

 

 原因さえ理解してしまえば、どうってことないことでした。

 後から考えると、「当たり前じゃねえか」という感じのことだったんです。

 もとに戻すのもすぐですし、頼まれたこともちゃんとできるとわかりました。

 が、最終的にその騒動に恐らく1時間弱は要しましたし、上司もデータを見て、システム関連の部署の人に色々頼みに行ったりして、要らない時間と労力を使っていました。

 

 ああ、ちゃんとしていればこんな無駄な時間と作業をすることも、人にそれをさせるようなこともなかったのに。

 今はこう感じますが、原因を理解したときはこうはなりませんでした。

 原因を理解して、対処もちゃんとできるとなって、一気にテンションが上りまして。

 上司は、「心配しなくても、ちゃんと寝てね」と言ってくださったのに、

「原因わかりましたからちゃんと寝れます! このままじゃ寝れないと思って必死に原因探してました!」

 人様に余計な労力割かせておいて、この言い草は何だと、自分自身を殴りたいです。

 相手は色々心配して、こちらが気負いすぎないようにアレコレ言ってくれたり、忙しい中この失敗のために動いてくださったんじゃないか!

 忙しいんですよね、上司は。今色々忙しい時期であるのに加えて、それ以外のたくさんの業務もしなきゃならないから。

 

 私、自分のことしか考えていなさすぎるだろ、となりまして、非常に落ち込んでおります。

 とりあえず、近所のスーパーでお詫びの印としてちょっとしたお菓子を買いましたので、明日渡そうと思います。思いっきり安物ですけどね。

 

 普段人を見下した態度をしている割に、いざとなるとこうなんだよなあ、と自己嫌悪ですよ。

 私性格が悪いので、普通にしててそういった悪い態度になります。あの言動はそういうものだと思ってる。

しかも、失敗した割に、原因がわかった時、

「なんだかんだで原因をちゃんと理解して、解決策もわかった私すごくね?」

 とか思ったのだから始末に負えない。

 私のこのヘンな虚栄心というか、自分ばっかりが可愛くてスゲー! な部分はなおすべきなのではとつくづく思います。

 何かにつけ、「自分結構すごくね?」と、自分を持ち上げる気持ちの癖があります。実際は大したことないんですけどね。

 

 そもそも、最初から失敗するなという話です、上記のようなことを考えるなら。

 一度同じような作業を過去にして、今日やったようなことをすると面倒なことになるということは理解していたはずなのに、なぜ過去にやったとおりにしなかったんだ自分。過去にはちゃんと成功していたのだから、その通りにやれば問題なく終わったのに。

 

 文句は言うくせにこういったことをするから自分はダメなんだと、改めて思い知りました。

 

 でも、あまりにも「自分はなんてダメなんだ、消えてしまいたい」と考えすぎてしまうのも良くないのだと、理解してもいます。

 自分が可愛いのは、まったくもって全面的にダメなことじゃないはずで、私と同じような反応をする人は、恐らくそれなりにいて、私だけが絶望的に存在価値がないわけでもない、と。

 人様の手をわずらわせることなんて、お互い様でもある。私も連日の残業ですが、この時期はどうしてもそうせざるを得なくて、それが私の仕事だから、そうしているだけではあります。が、言ってみれば、そういう時期なんだから仕方ない、であろうとも、私はいわば手を煩わされている状態でもある。客観的に見てみれば。

 でも、それは仕事。誰かの失敗のフォローなんて、私もしてるし、してもらっている、ただそれだけの話しでもある。

 こういうことを書くと、「開き直るな」と言われそうだなと思いつつも、一歩引いて観て(あえて「見て」じゃなく)みるというのも大事で、そうすると落ち着けます。

 

 自分に存在価値はない。

 これが私の根本にあるため、上記のような極端な反応になるんです。

 

 こんな失敗する自分に価値はない。

 こんな言動をする自分に価値はない。

 

 だからこそ、周りに対して攻撃的で、嫌な人になり、また同じことになり続けるわけです。

 自分可愛さの塊のような言動の根源も、結局は「自分に存在価値はない」が故のこと。自分はだめなんだと思うからこそ、逆に「自分はすごいんだ」と思い込もうとしているにすぎないんです。

 恐ろしく虚しい虚栄心であり、非常に不快であることは間違いないです。

 

 私が攻撃的なまでに自己否定に走り、無意味な虚栄心を持つのは、誰かに認めてもらいたいからでしょう。

 おそらく、母親。

 

 常に過干渉で、それでいて私自身が考えてしたことは何一つ認めてもらえなかった。

 私に任せると言いながら、アレコレ意見してきて、最終的には母親の望みどおりになる。

 そんな状態でずっといました。

 私自身、私の意見だと思っていた者は全て母親の意見で、という時期がずっと続いていました。

 自分で考える力もなく、母親の意見がそのまま私の意見になり、職探しでも家探しでも母親の言葉に左右され続け、それに対して文句を言えば「そんなつもりはない!」と泣かれる。

 

 やっと一人暮らしを初めて、それでも母親はアレヤコレヤとなんとか自分の影響下に私を置こうとしていたようです。

 それが無意識なのかそうでないのかは分かりませんが。

 やっと始めた一人暮らしで、「カーペットを床に敷く気はない」と言っていたのにもかかわらず、カーペットを持ってきて無理やり敷いていきました。

 ちなみに実際に敷いたのは兄ですが、兄に「やめろ」といったのに対して、兄は「母親が敷けって言ってるから」という返事を返してきました。私の意見は無視なのです。

 そんな兄は常に母親の顔色をうかがい、レストランでメニューを決める際、いちいち母親に確認する人です。

 

 服も、「これは置いておきたいから持って帰らないでくれ」と言ったのにも関わらず、「ジャマだろうから」とやはりこちらの意見を無視して持って返ってしましました。

 この場合、持って帰ったのは兄ではなく母親自身ですが。

 

 そんな人生をついこの間まで送っていたからか、根本的に自分自身を好きになれず、価値を認めることが出来ない、と私は考えています。

 親のせいにするな、とも言われそうです。それは結局お前が悪いんだろうとも。

 

 親のせいにするな、と言われ、親のことを相談しても、こちらに対して「折れろ」と言われ続けたこともありました。

 私がいくら「イヤ」だと、「自分はこうしたい」「こう思う」と思って相談しても、こちらの考えを変えろ、我慢しろと言われ、どうしようもないこともありました。

 

 母親は結果的にこちらの意思を潰して押さえつけ、とある医者に相談しても上記のように言われるだけで、結局自分自身の意見を認めてもらえず。

 とある場所にて、「よく一人暮らしに踏み切れましたね」と言われました。

 よく、それほどの呪縛から、自力で逃れることが出来たな、と。

 

 一人暮らしを始めても、母親の影響からは暫くの間逃れられず、数ヶ月前、とあることをきっかけに、私はメールや電話に対してあまり反応を返さなくなりました。

 以前正月に家に帰ったら、何故か身動きが取れずなにも出来ないもったいないお正月になりましたが、今回のお正月は再三の「帰ってこい」メールに対して「辞退します」と返し、あまりにも鬱陶しかったので、「任される仕事も増えた」という文も付け足して、つまり「ちゃんとやってんだから構ってくるな」と返したわけです。

 以前の私からは考えられない態度であり、それゆえに向こうも動揺しているようです。

 

 ここまでできるようになったのは以前に比べれば状態が良くなった証拠だろう、と考えています。それに対しては「たしかにそうだろう」と人から同意も得ています。

 同時に、「離れて暮らし始めたら、わりと適度な距離感で家族と関われるもの。最初は一緒に食事したりしてそのように感じていたが、しばらくしてこれほどの拒絶が来るのは珍しい」とも言われました。

 一緒に食事とか殺す気か(精神的に)、というのが今の心境ですが、以前は一緒に食事してたんですよ、ちょくちょく誘われて。

 多分まだ実家にいるときと同じだけの影響下にあったんだろうと思います。

 で、数ヶ月前の出来事で、一気に切れたんです。内容は書きませんけど。

 

 適度な距離感で関われるようになるまで、どの程度の月日を要するのか。

 正直今の時点で「ねーよ」と言いたい。

 そしてこんな私は、精神的に色々と幼稚であり、不安定でもあります。

 虚勢を張っていないと「無価値な自分」に殺されるんだと思います。自殺未遂も経験してますので、私。

 自分のなかの大部分が、殆どの部分が「母親」で締められ、「自分自身」を殆ど持っていなかった私は、「自分自身」を誰かに認めてもらいたくて仕方がないのでしょう。

 が、私が人と関わるのはかなり難しい。攻撃的なのは「無価値な自分」に対する裏返しでもあり、母親の人に対する接し方そのものでもあります。

 そのように関わられているし、人に対して関わっているのもずっと見てきました。だからこそ、身についてしまっている。刻み込まれていると言ったほうがいいでしょう。

 

 母親は、親戚からも距離を置かれ、自分からも拒絶している人です。いつもアレヤコレヤと文句を言って、自分は虐げられている、お前も虐げているだろう、と言ってきました。

 人を女中扱いしやがって、とブチ切れて、父親に土下座までさせた人です。

 で、私の人に対する接し方関わり方はわりと、こんな感じでもあります。

 いつも不平不満を言って、自分の思い通りにならない事に腹を立て、まわりを攻撃する。

 

 もっと落ち着いて、不満なことだらけな世の中ではないと考え、おおらかに生きたいです。

 常に誰かに対して、何かに対して、苛立ち、不満と怒りを抱き、攻撃的な感情を向け、結局は自分自身を切り刻んでいるだけなのに、いつの間にかこうしてしまう。

 これが今の職場にも現れているのでしょう。

 最初に書いた失敗からの自分の状況、考え、感情などはこういったことに起因しているんです。

 根本は自分自身の無価値感。自分なんか消えればいいのに、とわりとしょっちゅう考え、だからこその表面上のおかしな虚栄心の強さなんでしょう。

 無意味なほどに意識の中で自分を持ち上げ、しかし現実はこんなもんだと打ち砕かれ、それでもやめることが出来ない。

 

 自分自身のダメさ加減を考えていると消えたくなってしまうことについて。

 これがタイトルでしたが、本当に消えたくなりますし、なんで自分みたいな役立たずが生まれてしまったんだろうとすら考えます。

 生まれなければよかったのに。

 こんなことを考えていても意味はなく、日常は回る、日は巡る。仕事はあるし、食欲は湧くし、死のうと思ったところで死ねた試しなどない。

 これ死んでるでしょう、というようなことがあっても、道を歩いている真横を、タイヤに金属の棒が突き刺さったトラックが通過しても、微妙な距離で無事だったりしたこととか、そういう一歩間違えたら確実に死んでいたのではということがあっても、人間何故か生きるときは生きます。

 タイヤに突き刺さった棒を見て、あれが横を通り過ぎたにも関わらず、よくもまあ平気だったなと思ったもんです。

 死ななくてよかった、当たらなくてよかったとは考えませんでした。あれに巻き込まれてたら確実に痛かっただろうな、程度はぼんやりと考えたかもしれませんが。

 胸をなでおろすと言った感情、生きていてよかったという喜びを、こういった時に感じるのは普通のことだと思いますが、私は自分の生死には無関心だったようです。

 

 色んな人に迷惑をかけているのは理解してるし、これからもかけ続けるでしょう。

 でも、あまりにもそういった事に括りすぎて、かえって自分の首を絞めるのは結局自分自身だけでなく、周りに対しても良くないんですよね。

 自分自身のみを見るのでなく、俯瞰的に見るように意識する必要があります。

 私は自分を客観視するのは、平均から見て上手いそうです。

 自分の心理状況はこうで、それはこういったことが原因で、といろいろ話をするんですが、自分でそういったことを考えられるのはちょっとすごいとか、言われました。

 

 自身の客観視を常にできればいいなと考えつつ、今回の話はここまでということにさせていただきます。

 始終ネガティヴだ、笑えない。

 しかもあいも変わらずまとまっていない。

 気分を悪くされた方がいらっしゃいましたら申し訳ございませんでした。