人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

男女の区別と差別について 4個目

人生雑論ノート、今回は上記のとおり「男女の区別と差別について」の続きです。

 

前回は全く違う話をしてしまいました。本当に引っかかったのです。

読み返すと、自分の傲慢さがあふれ出していて、思わず消去したくなりますが、これも自分なんだと認めることも大事だと思わなくもないです。

恐らく私という人物は、鬱陶しい人なんだろうなあ、と考えながら、悪いところはなるべく抑え、良いところがあるならちゃんとそれを見つけて伸ばしていきたい所存。

こういった「己自身の振り返り」という作業が出来るのも、このブログに書かせていただいているおかげであります。

 

 

さて、今回のテーマにおいては関係のない話はここまでとして、本題に入っていきましょう。

このテーマの前回において、「男女システム」がどうたらこうたらとか語った気がします。正直結構真正面から書きすぎたような気がして、気分を害された方もいらっしゃるかもしれません。

申し訳ありません。しかし、私の思考においては必要なことでした。

 

「男女システム」における役割分担ですが、少なくとも『源氏物語』の時代からはっきりしていたことは、この作品を読めばよく分かりますね。

主人公の源氏なんか、大々的にハーレムですよ。今こんなことしたら非難ごうごうなんでしょうが、この作中では「源氏スゲー」といった反応だったような気がします。

こういったハーレムって、現代の日本女性からしたら「けっ!」って感じのモノなんでしょうかね。一夫多妻制の国は現代でも結構あるし、昔の日本でもやってるとこはやってましたよね。

しかし、現代日本においては一夫一婦制であり、男女ともに一人の相手に尽くすことを社会的に要求されるケースが多いですね。不倫なんぞしようものならエライことになります。

 

一度結婚したら、次のハードルが一気に上がります。離婚するのも大変です。裁判しないといけない場合もあるらしいです。

どっちがいいとか悪いとか、浮気したとかしないとか、誰のおかげで食っていけてんだとか誰が家の用事してんだとか、言い分が色々あって複雑です。

そういえば、現在の一夫一婦制が普通になって以降の、男性の浮気は甲斐性として笑い話になるけど、女性の浮気は一族全員から責められるといった風景を、ドラマで見たことがありました。

結構扱いとか責め方とかに違いがあって、男女で随分差があるものだと思ったものです。

 

ついでに思い出したので書いておきますと、そのドラマの前半部分、女の子が男に負けたくないからと、男の子相手に喧嘩をしてしまったことがありました。

お父さんは当然怒ります。男に負けたくないのだという女の子を突き飛ばし、

「これが女と男の力の差だ」

いえ、それ、大人と子供の差ですお父様。

というツッコミはまあ置いておいて、小さいうちから「女は男よりも弱い」という考えをしっかり理解させておこうという意思が見えますね。それが社会の共通認識なのでしょう。身体のつくり的に単純な力では男性の方が強い場合が多いですし。

 

そういえば、人間ではなくサルの話ですが、ハーレムのボスである雄猿は、メスがあまりにも言うことを聞かないと実力行使する場合があるみたいですね。むっちゃ血が出るほど噛むとか。

あれは痛そうでした。お茶の間でご飯食べながら見ていたんですが、「うわあ」と思いましたよ。何のサルかは忘れましたけどね。

しかし、群れの秩序を守るためには、そういったこともやむを得ないらしいですね。自由に動き回ってたら、違うテリトリーに入っちゃったり、肉食獣に襲われて食われたりもしますし。

しかし雄猿も大変です。常に周囲に目を光らせておかないといけないし、強くないとハーレム作れないから強くないといけないし。強くて頼りがいのある、メスをちゃんと守ってくれる雄でなければ、「ボス」でいることはできないわけです。

つまり、「雄」、「男」にとって、強いということはある種絶対条件ということになります。

いや、サルと一言で言っても、「一夫一婦制」のサルもいるし、上記した内容とは明らかに違う形態の集団を形成するサルもいますので、そのあたりお気を付けください。

私、サルの生態に関して詳しくないです。ええ、知りません。なら書くなって話ですが、分かりやすいかなと思いまして。

堂々と間違えてしまっていることを前提に、鵜呑みになさらないようお願いします。

 

気を取り直して、

「人間とサルを一緒にするんじゃない」

と怒られるんだろうなと思いますが、「男女システム」の「男」としてみるなら、まあ共通事項も多いだろうと思います。

人間の男も最終的に、種類はどうあれ「強さ」を誇示します。その「強さ」の種類は人によって、時代によって、地域によって結構変わりますが。

頭の良さも「強さ」ですし、学歴も当てはまると思います。経済力も分かりやすいですね。社会が複雑化して分かりにくくなっているようで、実はこういう構造自体は単純です。

 

で、男性って、「黙って俺について来い!」とかいう感じのノリ、大好きですよね。私は嫌いですが。

黙ってついてこられても、どういう意見なのか、肯定なのか否定なのか、裏でクーデターとか企んでたらどうしよう的な不安に駆られませんか? 黙ってついて来いってことは、自分は何も言わないけど、俺の背中を見てみんなついて来いってことで、自分の背中預けられる相手がいるって素敵なのですが、歴史って残酷ですよね。

「ブルータス、お前もか!」

まあ、ヒトの歴史においては、こんなことは日常茶飯事です。イージーモードです。だってよくあることだもの。

 

で、まあ「黙って俺について来い」というのはつまり、己の強さの誇示であるわけです。つまるところ「俺TUEEE」をしたい意志の表れです。きっと誰だって最終的に「俺TUEEE」に憧れます。「俺SUGEEE」という類似品もあるらしいですが、きっとこっちもみんな大好き。男女差なんてきっとないです。でもそれらの表れ方には「男女差」があるかもしれないですね、あくまでも意識的な意味合いで。

 

とはいえ、やっぱり積極的に誰はばかることなく「俺TUEEE」邁進するのは男性が多いですね。と言いますか、女性が「俺TUEEE」爆進しようとしたら何でか非難されることが多い気がするのは気のせいですか?

「女は引っ込んでろ!」

ん? 何ででしょうかね?

ちなみに男性陣に「なんで女は引っ込んでないといけないのですか?」とちょっと職場とか家庭とかで聞いたらどうなりますかね?

よろしいならば戦争だ。

いや、冗談抜きで。こういった話題は、下手をすると、双方の価値観の違いから殴り合いを経て最終的に殺し合いになりかねない危険をはらみます。

「いや、だからなんでだ?」

「男」というものの最終的な存在意義にかかわるからです。

 

サルのハーレムのボスの話ですが、「ボス」の定義は「強さ」です。なぜか。強くなければまず「ボスの座」を勝ち取ることが出来ないからです。

更に勝ち取ったボスの座を死守し続けなければなりません。挑戦者は待ったなしです。

そして最も重要なのは、ハーレムを守り、維持していかなくてはならないことです。

メスたちが最終的にボスに従うのは、そうすれば安全に暮らしていける可能性が上がるからです。子育てもより安全にできます。

そうです。サルだって「俺TUEEE」し続けなければいけないのです。メスたちからすれば、

「アンタが強くて安全を約束してくれるって言ってたから、ここにいてあげてるのよ。弱くなったり、誰かに負けたりした奴お払い箱ね」

おお、なんと残酷な。これが世界のあり方なのですか、などと涙しようとも、「負けた、弱いオス」には為す術がありません。

メス側からしてみれば、強い雄とともにいることで安全を得ることが出来るというメリットがありますし、「男女システム」的に、子孫を確実に残すという役割を果たせます。

なんだかメスのサルが非常に人間的なセリフを吐いてますが、イメージでしかないですのであしからず。しかし、「男女システム」から考えると、「役割」的にそういうもののような気もします。気がするだけですが。

「男女システム」は効率的に子孫を残すことを考えたというか、そのためにそれぞれの状況環境その他諸々に合わせて「マネジメント」されたものです。誰がって聞かれても困るので聞かないでください。

本能でしか動いてないとか言っても、その本能は「マネジメントされた男女システム」が核にあるわけです。で、「システム」的には子供作って次代につないでほしいわけですので、上記のセリフ的な何かがあってもかしくないとか言ってみます。

 

男は「生ませる」のがお仕事で、ハーレムを作って頑張るタイプのサルとか、「男」を強調して頑張っちゃう人間とかは、「強さ」がないと「男女システム」の「役割」が果たせないから必死なんですよきっと。

身もふたもない気がするんですが、本能って根本ですから。割り切ってしまうのは嫌でしょうけど、一回こう考えるとなんだかすっきりして、「そういうものなんだ」と受け入れたうえで次のステップに進めそうな気がしてきませんか?

 

ああ、「お前の考えを押し付けるんじゃない」ですか。

押し付けるつもりはないですのでご安心ください。これはただの「思考の垂れ流しnote」ですから。

「ふーん、こんなバカなこと考えるバカいるんだなあ」

とかいう、ちょっとスナック菓子かじる感覚で読んでもらうくらいがちょうどいいですよ。

 

などといったところで、今回は終わっておきます。

では、縁があれば、またお会いしましょう。