人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

なぜ、楽な方へ流れてはいけないのか?

人生雑論ノート、今回はちょっとテーマを変えて語らせていただきます。

本来なら前回の続きで「男女の区別と差別について」をnoteするべきなのですが、これを書いている時点で本日、投稿した時点で前日のとある出来事が非常に引っかかったので、ぜひ今回はこのテーマで語らせていただきたく存じます。

 

 

本日、私はいつも通り会社で働いていたのですが、我が上司が連日の業務でグロッキー状態で、その状態のままあちこちへ電話しておられました。

仕事の関係で付き合いのある他社、それに関連する会社の同僚その他、といったところです。

そういった状態の我が上司を見て、私はちょっと言葉をこぼしました。

「最近、そういった会社が〇〇というサービスを始めているみたいですよ」

その仕事においては今現在付き合いのある他社以外にも、そういった新しいサービスもあるみたいですね、という軽いノリで言ったのですが、

「なんで?」

という、若干怒ったような口調で返されました。

この「なんで?」は、「なんでそんなサービスがあるのか?」といった意味のようで、同じ部署の人が私に代わって説明してくださいました。

 

正直な話、そんな風に返されるとは思っていなかったんですよね。

その新サービスは、IT化が進む現在においては、ある種当たり前のモノでした。とあるSNSを利用したサービスです。

我が上司は、他社とのやり取りで色々と不満があったようで、よく愚痴を漏らしていました。パソコンの扱いが不慣れで、その会社の相手に電話口でちょっと笑われてしまったこともあったようです。

また、レスポンスが遅い、ということもよく言っていました。

今回話題に出した新サービスは、恐らく従来のそういった不満を解消できるものとして開発されたものでしょう。そのSNSで完結できて余計な手間がかからないということ、また、多くの人が使い慣れたSNSを利用することによって堅苦しさを払拭し、手軽にやり取りできるということが売りだったのかもしれません。

電話は嫌だしメールも面倒という人もSNSなら抵抗なくできる場合が多いようですので、安易、手軽であり、結果的に密にコミュニケーションが取れる可能性があります。

 

正直な話、従来のやり方よりはこの新サービスを使った方が効率が良いだろうし、我が上司も忙しく飛び回ったり、何度も電話したりといった手間が省けそうな気がします。

しかし、我が上司はそういった新サービスに対して一言、

「楽な方に流れるからな」

そう言ってその会話を打ち切ってしまいました。

そのSNSはあくまでも親しい人同士の連絡手段であるといった考えであり、ビジネスで使うなど考えられないようです。

 

しかし、会話を打ち切った一言が、私の中で強く残りました。

「楽な方へ流れる」

つまり我が上司はこの言葉だけで考えると、

「楽な方へ流れるような仕事の仕方はダメだ」

というような思考をしておられるということになります。

この言葉、あまりにも引っかかりすぎて、手持ちのノートに書き込んでしまいました。

なんてすばらしい言葉だ! と思ったわけではありません、残念ながら。

 

なぜ、楽な方へ流れてはいけないのか?

 

これが私のその時の思考です。

よく分からない感覚でした。ちょっとでも楽な方がいいと思うのです。

 

私は基本的に、いついかなる時も楽をしたい人間です。

自分で料理をするのがイヤで、総菜屋さんで惣菜を購入します。掃除がイヤで、たまにしかしません。食器洗うのすら面倒です。

しかし、こうして記事を書いたりはしますし、おいしそうな惣菜を探して結構歩き回ったりはします。掃除だって、いきなりやる気を出して猛烈にやり抜きます。

楽って何でしょうか? 上記のことは楽ですか? 

 

仕事においてもそうです。

私は面倒が本当に嫌なのですが、その面倒を省くためにかなりの手間暇をかけてExcelの関数を表にいくつも使ったり、最近ではVBAの練習すら始めました。

面倒が嫌だから、面倒なことをする。矛盾していますよね?

しかも、VBAに関しては、昔からものすごい苦手意識があり、自分がこれに手を出すのはあり得ないと思い込んでいたのです。しかし、

「最終的に、自分の仕事の9割以上をVBAで、ワンクリックで完結するくらいにしてやるぜ!」

という意味不明のテンションすらあります。

全ては面倒なことをしなくて済むようにするため。簡単、楽に仕事を済ませるためです。

 

我が上司は「楽な方へ流れる仕事の仕方はダメだ」ということをおっしゃったわけですが、では「VBAで楽したい」私は責められるのでしょうか?

正直、Excelを頑張っていて、怒られたことがないです。つまり、こういう「楽したい」はOKということですね。

単純に、私の「楽したい」願望を、我が上司および同部署の皆様がよく分かっていらっしゃらないだけのような気がしますが。

極力仕事を単純化したい。余計な手間をかけたくない。さっさと済ませて次に行きたい。

こういった私の情熱は、どうも同部署の方々からは意味不明なようで、Excelで必死に関数を入力したり、使用しているアプリケーションの機能でいかに早く済ませるかで頭を悩ませているのを見て、「変なヒト」という認識を持たれているようです。

また、自分の情熱のために私が頭を抱えているのを見て、

「プロセスにはこだわらないから、そこまで悩まなくていいよ」

と、おっしゃった方がおられます。

私はプロセスにこだわっているわけではなく、いかに手早く楽にさっさと済ませることが出来るようになるかということにこだわっているのですが、勘違いされているのが分かって若干へこみました。

 

ようするに、「楽したい」願望が強すぎて矛盾する行動すら突き進む私からしてみれば、上司の言葉は青天の霹靂でした。

SNSを利用したコミュニケーションの効率化は、そのまま仕事の効率化に向かうはずです。実際、私が働かせていただいている会社でも、社内SNSというものを利用し、遠隔にいる人ともやり取りできます。

己が働いている会社でこういったサービスを利用しているのだから、安易なコミュニケーションツールであるあのSNSのビジネス利用を「楽な方へ流れる」などと言わなくてもいいのに、と思うわけです。

 

そんな感じで、つらつらを考えていた時、ふと思ったのです。ああ、違うな、と。

我が上司は、楽であることを心の底から否定しているのではないのです。深層においては、もっと違うことを考えていたのでは、と私は考えました。

我が上司は上記したようにパソコンが大の苦手です。電話先で笑われるなどといった屈辱的な被害すら受けています。

最先端の技術、ITといったものに対して、苦手意識以上の感情、ある意味においては憎悪すら抱いていても不思議ではないのです。

そういった、分からないことや、ついて行くことが出来ないことが増えていく現状、対応できず屈辱的な扱いを受ける己自身に対する不甲斐なさの感情、そういった物事に対する憤りを、「楽な方へ流れる」といった言葉に置き換えて表現されたのです。

 

こうなってくると、ある意味意地です。効率的とかそういった事柄でなく、己自身の中にある「感情」だけが物差しになってしまいます。

新しい技術を全否定しても、意味はないのです。そんなことは、我が上司が知らない、分からないはずがないのです。きっちり理解しつつも、受け入れることが出来ないのです。

パソコンが苦手というのも、結局はそういった意識からのものである可能性が高いです。出来ないのではなく、できないと思い込んでいるのです。

我が上司は困難な「士業」の資格を持っておられます。しかも複数です。

しかも、一般に難しいそれらの資格を「こんなもん簡単に取れる」と、何の気負いもなくおっしゃっておられるのです。自慢意識も特にないようです。

つまり、パソコンが出来ないというのは結局、意識の問題でしかないのです。

スマートにかっこよく使いこなす必要などないのです。両手の人差し指ですさまじいスピードで仕事をする方もおられます。下手なブラインドタッチよりよほど早いです。

ある種割り切ってしまえば、無骨であろうが泥臭かろうができるようになるものです。

 

「言われなくても分かっていますけど?」

そうツッコミを入れられそうな気もしますが、分かっていてもできないのが人というものです。理解したとたん一気に突き進んでレベルアップしちゃう天才肌の人もいますが、私からは遠い存在です。うらやましい。

 

しかし我が上司は「楽な方へ流れる」と言い、見向きもせず今のやり方を突き進むおつもりのご様子。楽じゃないのは見ていてわかるし、「楽な方へ流れる」という言葉からして、我が上司本人も楽じゃないことであることは重々承知の上での選択でしょう。

と言いますか、「楽である」ことは分かっているんですよね。でも嫌だとおっしゃる。

ですが、「楽じゃない」今のやり方を、「理解していて」続ける意味とは何でしょうか?

「お前、さっき書いてただろうが」

はい書きました。しかし、それは感情に関してであり、仕事そのものに関してではないです。

感情面から受け入れられなくても、仕事面では有益である可能性が高いわけです。

しかし、なさらないわけです。なぜか。

 

ズバリ言います。楽だからです。

楽なんです。今のやり方を続ける方が。

新しいサービスを利用するために感情面、技術面を克服する。主に感情面です。これが何とかなれば、あとはどうとでもなります。イケイケですね。私語ですかそうですか。

しかし、そのためには甚大な労力がかかります。苦手を克服するのって大変です。

そんな大変な努力をして、凄まじい労力が必要なら、今のままでいい。そういう心理が働いていそうな気がします。

私はよくそういった心理が働いてブレーキがかかります。ダメですね。

 

私はダメだなあ、などと考えながらフラフラぶらぶら、ヘロヘロしながら生きてます。

 

しかし興味深いのは、我が上司が「楽な方へ流れる」ことを非難しながらも、結果的に「楽な方へ流れる」生き方を選んでいることです。

人生苦行! 石の上にも三年! 桃栗三年柿八年!

生きている間中こんな調子では、さっさと死にます。太くて短い人生です。楽は必要なのです。え? 上の言葉は色々違う? 大丈夫です。フィーリングです。

人間、様々なことを取捨選択しながら生きていくわけです。どういった「楽」をとるかは、結局人それぞれです。

私の「楽」と我が上司の「楽」は違います。これを読んでおられる方の「楽」もまた違うでしょう。

しかし、我が上司は現時点で色々限界なわけです。正直、よく生きているなと思うレベルです。

 

ちなみに、現在国が推し進め、世間一般でもブームが起きている「働き方改革」の中心メンバーの一人となる予定のお方なのですが、忙しさに殺されそうになっておられる現状、死に急ぐ結果になりかねないかと心配です。

私としては、「働き方改革」のためには、そういったSNSを使った新サービスもじゃんじゃん使っていき、その他自動化できることはどんどん自動化していかないと、私が働かせていただいている会社では無理だろうと感じています。

この会社の誰もかれもがそういった新技術に抵抗を感じ、新しい考え方になじめず、しかしそういったものの利用が絶対前提であろう「働き方改革」をこの会社で行っていこうとする動きには、違和感があります。

 

私個人の考えを述べさせていただきますと、「働き方改革」とは、「楽」であるということだと思います。

「楽」とはなにか。

「楽」のために何をすべきか。

「楽」になればどうなるか。

「楽」を手に入れるためには、必死にもがいて足掻いて頑張らないといけない状況です。正直、真っ裸でエベレストの頂を目指す気分です。

私は、そこまでして求める価値のあるものだと確信しています。

そうです、「楽」を手に入れるために、「楽」に流されてはいけないのです。

「楽」のために「楽」と戦うのです。

意味不明になってきました。結局「楽」ってなんなんでしょうか。

と言いますか、戦ってどうするんだって話なんですが。いやまあ、気分とその場のノリです。

 

最終的によく分からないところにたどり着いたところで、今回は終わりたいと思います。尻切れトンボで申し訳ありません。

では、縁があれば、またお会いしましょう。