人生雑論ノート

その日その時なんとなく思ったことを書き散らすだけの、偏屈ド変人の思考垂れ流しブログ。

男女の区別と差別について

人生雑論ノート、本格的にnoteしていきたいと思います。

一番初めのテーマは、「男女の区別と差別について」

なんとなくフワッと、こういうことはどうだろうかと思い浮かび、なんとなくつらつら考えたものを書き散らしていきます。

 

 

昨今、男女差別問題やら男女平等やら、亭主関白やら鬼嫁やら、あるいは愛妻家とか恐妻家とか、男女のあり方はこう、みたいな話で盛り上がる機会が多いですね。

 

私が働かせていただいている職場でも、この問題は大いに取り上げられております。

もっと女性の管理職を増やす必要がある、女性活躍にはどうすればいいか、みたいなことを上層部やらなんやらが、何か会議をいっぱいしてみたりする一方で、

「オレは女性の部下はいらん。男だけカモン!」

と、誰はばかることなく堂々と言ってしまう、とある部門の責任者もいらっしゃる。

一応書いておきますが、この方は男性です。

 

そしてそんな男性陣の反応を見て、「これだから男ってイヤよね」と、女性陣は男性に対する不満を女性同士の話し合いで言い合うのでありますが、男性がいるところでこの手の話題はNGであり、この話題が直接男性の耳に入ることは基本的にないようであります。

 

他の話を書こうかと思いましたが、書いていて「ん?」と思ったことがあるので、ちょっとそっちを書かせていただくと、

「男性は結構表立って女性にあれこれ言うけど、女性はあまり表だって言わないようにしている節があるような気がしなくもない」

 

ちょっとフワッとしすぎな「ん?」でありますが、テレビなどで堂々と男性批判をされる女性もいらっしゃるので、読んでおられる方も「ん?」と思われるのではないかと判断し、ちょっと控えめにしてみました。

あと、あくまでも「気がしなくもない」という程度の個人的感想でしかなく、実際は違う可能性も極めて大であります。

「こうだ!」と決めつけるのもどうかと思うし、決めつける意味もないです、個人的に。

 

しかし、身近においては「男性は表だっていうけど、女性は陰でいう」ということが起きておりますので、とりあえずそういうことであるとして話を進めます。

男性、女性、ともに怒らないでいただきたく存じます。

結構両方にとって過激なことを書くことになります。たぶん。

 

結論から言ってしまうと、男性は前に出て、女性はあくまでも内助の功、という昔からの文化の影響なのだろうと思います。

 

昔からといっても、江戸時代においては別に一般庶民はあんまり女だから内助云々じゃないんだという話も小耳にはさみましたが、気になられた方は是非ともお調べください。ググるだけでも世界が変わると思います。

 

話を戻しますと、女性が表立ってあれこれ言うのははしたないとか、女性のくせに生意気だとか言われる文化です。

逆に男性が表に出ずにいると、男のくせに情けないとか言われるわけです。だから男性は性格とか能力とかから見て、前に出るのが不得意であっても前に出ざるを得ず、とりあえず頑張ってしっかりと発言をしなければならない文化です。

 

一応そういう文化であるため、小さいころからこうあるべしと、それぞれの生まれながらの性別に従って、教育とか”しつけ”とか世間の空気とかの影響を受けながら成長していくことになります。

いやオレそんな教育してないし、私そんなこと教えた覚えないわ、今の世間がそんな空気出すか時代遅れな。

なんて反論がありそうですが、案外そうでもなかったりします。

声高に、意識的に、こうあるべし、などと言うことをしているわけではなく、普段からの扱い、そういったことには関係ない時のしかり方、ほめ方、買い与える物、着せる服、言葉使いの注意、その他挙げていけばきりのないことですね。

 

さて、ちょっと考えてみましょう。皆さんの大好きなアイドルを一人思い浮かべてください。俳優でも芸能人でもよいです。知り合いとかでも構いません。

そのかわり、思い浮かべるその人物は必ず「異性」です。

そして、その方が男性なら女性っぽいしゃべり方を、女性なら男性っぽいしゃべり方を頭の中でしていただいてください。

 

ちなみにここで書いた「男性っぽい」「女性っぽい」という言葉に引っかかった人はおられますか?

あえてこういう引っかかる書き方をしてみたのですが、「差別的だ!」と思われた方もいらっしゃるかと思われます。

さらに言うと、「異性」を思い浮かべて、その性別から考えて逆、というのも、いかにも型にはまった考え方ですね。

男性が「アタシこれこうだと思うのよね」と言ったら変ですか?

女性が「オレはこれこうだと思うぜ」と言ったら変ですか?

そもそも「性別から考えて逆」って何なんでしょうね? 表現が意味不明です。

 

ちなみに、自分のことを「ボク」と呼ぶ女性を「ボクっ子」とか呼ぶ文化があるらしいですね。面白いです。

女性がそう言うことを取り上げるということは、「ボク」は男性的な一人称なんですかね?

じゃあ自分のことを「ワシ」と呼ぶ女性は「ワシっ子」ですね。オレなら「オレっ子」。

……え? 違うんですか? じゃあ何で「ボク」だけ?

女性は自分を「ワシ」とか呼ばない? なんで「ワシ」はダメなんですかね? 国語的に問題があるのかな?

 

ここまで行くと論点がズレまくって意味不明ですね。思考の垂れ流しのノートなんてこんなもんですが。

思考って考えていくと流れていって、変なところに漂着するんですよね。あれ何でここにいるんだっけ?

 

で、元々は男女の区別と差別についてNOTEしようと考えて、男女の文化ってどうやって身についていくのかって書いてたんですよね。

で、頭の中の誰かさんはどういった風に話して、あなたはどう思いましたか?

「やだ、ワイルドでかっこいい」「新たな一面を見た!」

とかいう感じ?

人それぞれでしょうけれど、好意的にとらえられるか、そうでないかで別れるのではないでしょうか。

 

と言いますか、「異性の誰かの逆パターンの話し方」をあっさり考えられるあたり、そういう考え方がしっかりと身についている証拠です。

迷った方、ほとんどおられないかと存じます。

 私は迷いません。しっかりと身についている証拠ですね。

 

話し方の他にも、男女かくあるべしの無意識はありますね。

これはとある幼稚園の話ですが、子供たちが自分たちの持っているモノを見せ合いっこしていたそうです。微笑ましいですね。

しかし、とある子が持っているモノを見て、他の子たちが一斉にその子を攻め始めました。

「女の子なのに、持っているモノが青いなんておかしい!」

そう、その子たちはみんな女の子でした。そして、一人の子を攻めている子たちの持っているモノはみんな、ピンク色だったのです。

その子はたまたま青い色が好きなだけだったのですが、そう言われて泣いてしまいました。そこに幼稚園の先生が来て、

「私の持っているモノも青いよ」

と、自分の持っているモノをその子たちに見せると、その子たちは攻めるのを止めたそうです。

言うまでもないですが、その幼稚園の先生は女性です。

さすがとしか言いようのない、見事な解決法です。自分より年上の女性にそんなこと言われたら、「女の子」たちは黙るほかありません。

 

で、幼稚園くらいの「女の子」はこの時点ですでに、「女の子」イコール「ピンク」という方程式が出来上がっているわけですね。そして、「女の子」ノットイコール「青」なわけです。

ちなみに先程の「女の子」たちの言葉には、「男の子みたい」というのも追加されています。

つまり「男の子」イコール「青」で、「男の子」ノットイコール「ピンク」という方程式ですね。

この方程式、この子たちが自ら作り上げた方程式でしょうか?

 

この年頃ですでに確立されているこの方程式、恐らくは「親」「世間」といったところの影響ではないでしょうか?

このくらいの時に自力でその方程式を組むはずがありません。組めないではなく、組まない、であります。

自力でこんな方程式を組む必要がないのですから、組むはずがないのです。だって、自分の好きな色なんて、これからいくらでも決められるし、変えられるのですから。

「女の子」イコール「ピンク」に決めつけてしまうと、ある意味せっかくの、その子たちの愛らしさの表現を狭める結果にすらなってしまいます。好きな色のモノ持てばいいじゃない。黄色も緑もきれいだよ。

「男の子」だって「ピンク」使っていいじゃない。うっかり「ピンク」持ってたら、「女みてえ!」と言って攻められるんですよ理不尽ですよ。

 

しかし、「青」を持っていただけで攻められたその子も不幸であります。しかし周りがピンク一色だった中、よく一人青を持っていたなと感心します。

親がこだわらない人だったのかもしれませんね。

というか、性別で「色」を決める意味って何でしょうか? コーディネートしやすくなるとか?

 

こんな感じで、はっきりと「性差」というものは、きっちり刻まれていくもののようです。

 自分たちは「男」である、「女」である、という意識は、幼いころからしっかりと持っているということですね。つまり、「区別」という意識だと思います。

自分自身をしっかり意識することは必要なことだと思いますが、どうしてそれがいわゆる「差別」に行きつくのでしょうか?

 

そも、「区別」と「差別」の境界もあいまいな部分があるので、何とも言えないんですよね。

ちなみに、上記の「幼稚園の色」エピソードは、「区別」ですか? 「差別」ですか?

 

と、ちょっと問題提起してみたところで、今回は終わっておきます。

ご縁があれば、またお会いしましょう。