人生雑論ノート

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フリーゲーム『ナントカ三術将』感想色々 その参

 こんばんは。

 フリーゲーム『ナントカ三術将』シリーズの感想3回目、書かせていただきます。

 よろしくお願いいたします。

※ネタバレ配慮は一切ございません。プレイ後にお読みください。

※スピンオフ作品『占択◇スクランブル』は未プレイです。

  

  はい、まずは『ナントカ三術将』シリーズの感想記事リンクです~

zaturon.hatenablog.jp

 

 では、書いていきたいと思います。

 よろしくお願いします~。

 

 今回書かせていただくのは、「その弐」にて「子供」と呼んでいた存在について。

 「子供」は「彩喚士」が自らの技術を持って生み出した存在であり、文字通りの彼の血を分けた子供という意味ではない。それでも「彩喚士」は間違いなく「子供」の親である。

 

 「子供」と「彩喚士」に関しては「その弐」にて書かせていただいたように過去にツイートしている。気になる方は「その弐」を読んでみてほしい。

 私はゲームにおいて「子供」の説明に「邪悪」という言葉が使われているのを見て、「え? どこが?」と思ってしまった。心がゆがんでいる、という意味合いのことを言ったのは、「彩喚士」の同僚である「守影術士」(以下「守影」)だが、正直なところ私は「守影」の人物評価はあまりあてにしていない。「守影」の兄との関係、私個人が考える彼の他者評価、それを支える価値観からすると、どうしてもそうなる。あくまでも私個人の感覚なので、それもまたあてにはならないのだけれど。

 ともあれ、私の考えでは「子供」は特に「邪悪」ではない。後々そうなる可能性自体はあったが、「無印」ラストバトルの時、また『ナントカ三術将2』のおまけで出てきたときもまた、私は彼に「邪悪」さは感じなかった。

 一方で、子供としての「無邪気さ」はあったようにも思う。彼の年齢はいくつだろうか? 恐らくラストバトル時点で数か月程度なのではないだろうか。少なくとも、1年もないように思われる。

 彼は親から奪った、もとい「受け取った」記憶や技術をもって、親として振舞った。親の技術を誇り、自慢し、自分が一番だと主張し続けた。それは、同じように「自分の術は優れている!」と常に主張するがすぐに自信を無くしたり、迷ったり悩んだりする親「彩喚士」とは明らかに違う。

 この技術を作ったのは「彩喚士」であり、「子供」はそのプロセスなしで完成品をいきなり受け取っている。プロセス自体は知っているだろうが、彼自身は何の苦労もしていない。苦労の記憶はあるだろうが、それは私たちがドラマを見たりするのと同じである。結局その記憶は彼自身のものではない、ということになる。

 ドラマ、映画でもいいが、私たちはそれを見て、我がことのように興奮したりする、という経験自体はあるかもしれない。しかし、その記憶はあくまでも「映画を見た」というものであり、自分自身の行為行動の記憶とは分けられる。混同してしまうこと自体はあるかもしれないが、その時の行為の際の思考、感情の記憶は明らかに整合性がとれないのではないだろうか? とれる場合もあるかもしれないが、結局自分が苦労したりして何かを完成させた、挫折した、という結果の前段階のあらゆる経験が抜ける可能性はある。そもそも、その記憶の行為行動が自分のものであるのなら、「自分」という存在はその記憶における行為行動をした人物そのものであり、それを他人として考えるなどあるはずもない。

 「子供」は「彩喚士」の記憶を持っていはいたが、「彩喚士」と自分を明らかに別に考え、「彩喚士」を殺そうとまでしている。結局それは「彩喚士」の記憶をドラマ、映画的に扱っていることになる。その記憶を自分自身のものと考えているなら、「彩喚士」を殺す必要はなくなる。なぜなら、その記憶を持つ自分こそが「彩喚士」そのものであり、元となる別人を考える必要自体が全くないからだ。しかし結局、彼は「彩喚士」の記憶を持っている「彩喚士ではない別人」でしかない。

 同じ見た目、同じような振る舞い、同じ技術を扱い、それらすべてに誇りを持とうとも、彼は「彩喚士」にはなれない。それを一番理解しているのは、おそらく「子供」自身であるはずである。そして、だからこそ彼は「彩喚士」を殺そうとするし、どうあがいても殺せなかった。

 

 私はゲーム中の「子供」の行動を思い返すと、「子供」が「彩喚士」を本気で殺そうとしているのか疑問に思うことが多い。確実に殺せる方法を彼はあえてとらず、不必要な備えをしている。

 まず、身動きが取れない状態にしてから誰もいない場所に放り出す、という一見殺意の高い方法にて殺害しようとしているが、それよりもその場で首を絞めるとか、刃物で切るなどした方が確実であるはずだ。そもそも自分が手を出せない遠くにやり、生きている場合を考えて策をめぐらすなど本来不要である。死体の処理など「彩喚士」の技術でどうとでもなってしまう。それこそ殺してから放り出す方が確実であっただろう。

 『ナントカ三術将2』で現れる際も、殺すつもりならいくらでも隙をつける状態であったはずである。あの際のやり取りで「あ、根本的に殺す気がないな」と私は考えてしまった。彼はあくまでも「彩喚士」との対話を優先したのである。対話を優先しているのは「無印」のラストバトルの時も同様だ。

 「子供」は「彩喚士」を確実に殺す方法を何故か取らず、また隙をついて楽に殺せる瞬間にも手を出さず、あくまでも「彩喚士」と話すことを選んでいる。しかし、「根本的に殺す気がない」と考えたものの、では殺意がないのか、というとそうでもない。明らかに矛盾するのだが、この矛盾こそが「子供」の心情を物語っているのかもしれない。

 「その弐」に書いてある内容から、「子供」は「彩喚士」に認めてもらいたい、と私が考えているのはお分かりだろう。また、「自分の中身」が欲しい、と考えているのではないか、ということもである。

 誰かに認めてもらいたいと考えるとき、ヒトはどうするだろうか。そもそも認めてもらうには「自分」が必要となるが、「子供」に「自分」など存在しない。親たる「彩喚士」は彼に「彼自身」を与えなかった。「彩喚士」が望んだのは「子供」が自分の思い通りに動くことであり、「子供」自身の意志など考慮していない。心があれば、と考えたというが、正直な話「無印」のころの「彩喚士」の心に対する考え方はイライラしたものである。ちなみに「無印」ラストバトルの「心があるから争う」という意味の言葉を「夢幻躁士」(以下「夢幻」)が言い放ったときはかなり驚いた。ある意味そのあたりに関して一番悩んでいるであろう彼女だからこその言葉なのだろうが、「彩喚士」にとってかなり痛い言葉ではなかろうか。

 「夢幻」と「子供」のやり取りを見ていたであろう「彩喚士」が、使い魔の「助手」に対して「己と違う思考をした」ことを「成長している!」と喜んだのは、「子供」との関係を考えるとかなり象徴的な場面である。

 この場面において、「彩喚士」は「助手」の「人格」を認め、それを押さえつけようとしていない。いや、「助手」に対してはもともとそうだったのだが、「成長」を喜んだという事実が「彩喚士」の「無印」からの成長を一番物語っている。このあたりは喫茶店で働いている「弟子」とのやり取りでも示されており、『ナントカ三術将3』においては「彩喚士」の「無印」からの成長が他にもこれでもかと詰め込まれている。

 それは「人格」を持つことを禁じられた「子供」との争いの結果であり、「彩喚士」は「子供」を結果的に食い物にしたとも考えられる。

 最終的に「子供」は「子供自身」になれず、だからこそ親たる「彩喚士」と対等になれない。しかし、彼が他の誰でもない「子供自身」になるには「彩喚士」から色々と受け取りすぎている。「助手」のように最初から「個我」を認められていない彼は、どうあってもどう行動しても空虚である。「子供」は「彩喚士」そのものには最終的にどうあがいてもなれなず、「子供自身」にもなれない。「自分」という基盤が安定しないどころか、そもそもない。自分自身の基盤がないがゆえに常に眠るという選択をしていた「夢幻」との会話がすれ違い続けるのも悲劇である。その空虚を理解できるのは「夢幻」だけであっただろう。とはいえ、「子供」にとって「夢幻」の主張は受け入れずらいものであったのもまた事実ではないだろうか。そして、意志を持たない存在であればこのような悩みもなかったはずであり、「子供」自身「心などほしくなかった」と考えたこともあるかもしれない。

 

 心があるから「自分」という存在を意識するし、その基盤を欲する。しかし、結局のところ「子供」という存在を認識しているのは「彩喚士」しかいない。「彩喚士」が死ねば「子供」はもう「子供」として認識してくれる存在を無くしてしまう。「彩喚士」が死ねば彼に成り代わることが完璧にできるかもしれないが、それでも自分が「彩喚士」ではないことを強く意識もしてしまうだろう。自分が殺したのだから。

 そもそもその方法で「彩喚士」となったとして、結局もとの「子供」はどこへ行くのだろうか。「子供」が「彩喚士」となるということは、つまりは自殺するということである。

 「子供」が「子供」であるためには「彩喚士」が必要で、しかし「彩喚士」が存在するから「子供」は「子供自身」にはなれない。「彩喚士」になるためには己の「自我」の自殺が必要となる。

 生み出された時点で、「子供」はどうあがいても「消滅」することが決められていた存在である。

 

 というところで、今回は終わらせていただきます~。

 お疲れ様でした。

 

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